タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2018-12-19 (Wed) 06:00

根室本線茶内駅 ハーゲンダッツの浜中農協とルパン三世



釧路管内は厚岸郡浜中町茶内緑にある、JR北海道の茶内(ちゃない)駅。
根室本線東釧路~根室間の「花咲線」に属しています。
浜中町は『ルパン三世』の生みの親として知られる漫画家、モンキー・パンチ先生の故郷であり、霧多布(きりたっぷ)市街をはじめ町内各地でルパン一味と銭形警部を描いた看板やポスターが見られます。
町内には花咲線の駅が3箇所(茶内駅・浜中駅・姉別駅)あり、他所の人なら自治体の名を冠する浜中駅の周辺が中心部だと思うかも知れません。
しかし実際には同駅から約9km南方の、琵琶瀬湾・浜中湾に挟まれた霧多布市街こそが浜中町の中心部。
当然ながら浜中町役場も霧多布にありますし、町内で唯一の高校である北海道霧多布高校もあります。

一方、霧多布市街から北西に約10km離れた茶内は、浜中駅前に比べて大きめの集落。
町中にはコープはまなか、くらしな衣料店、畠山金物店、渡辺呉服店、綿貫商店といった小売店に加え、郵便局、民宿、美容院、診療所、電気工事業者などがあり、集落の外れに茶内小学校と茶内中学校があります。
そして何と言っても茶内駅より北へ徒歩4分の場所には、JA浜中町農業協同組合が金融店舗を併設した本部事務所を構えています。
2014年8月のお盆にテレビ東京の番組「カンブリア宮殿」で紹介されたので道外にも御存知の方は多かろうと思いますが、浜中町農協は全世界で製造・販売されている「ハーゲンダッツ」に関わっているのです。
ハーゲンダッツ社が日本に進出したのは1984年の事ですが、同社が日本国内で初めてアイスクリームの原料に起用した牛乳は浜中産!
以来34年間に渡り、浜中の酪農家達はハーゲンダッツの原料となる牛乳を生産し続けています。
また、浜中町農協は1991年に日本初となる就農者研修牧場を開設しており、中には兵庫県から移住して酪農家に転身した人もいるそうです。
同農協は現在も公式サイト等で新規就農者の募集を行っており、約3年間に渡る実践研修で未経験者の独立牧場経営をサポートしています。
就農者研修牧場は茶内駅から北西に約6km離れた草原地帯にあります。


JR北海道 国鉄 花咲線 浜中町営軌道 簡易軌道茶内線


茶内駅は1919年11月、国鉄釧路本線厚岸~厚床間の延伸開業に伴い一般駅として設置されました。
釧路本線は1921年8月の西和田~根室間延伸に伴う全通により、根室本線に改称されています。

鉄道延伸に先駆けて北海道庁は茶内原野を「将来すこぶる有望な大原野」と評価し、現地への移民募集に応じた「許可移民」の受け入れを開始していました。
しかし火山灰が堆積した土地であるため雨水や雪解け水を含むと崩れ易くなり、根室本線の全通後も道路の整備が進まず住民は不便を強いられてきました。
それが1927年に「第二期北海道拓殖計画」が始動すると、馬車に代わる交通手段として同年11月に北海道庁の殖民軌道が開業する事となりました。
この時、茶内に敷設された殖民軌道は茶内線と円朱別線の2路線で、どちらも軌間762mmのいわゆる特殊狭軌(ナローゲージ)を採用。
茶内線は茶内駅~中茶内間の7.0kmで、後の1943年11月に中茶内~西円朱別間が延伸し総距離13.0kmとなりました。
円朱別線は茶内線の秩父内から分岐し下茶内に至る3.4kmの路線で、1932年8月に下茶内~東円朱別間、1965年12月に東円朱別~上風蓮間が延伸し総距離13.4kmとなっています。





この間の1947年12月には2路線とも農林省に移管されて「簡易軌道」と呼ばれるようになり、1953年7月に管理運営を浜中村が受託し浜中村営軌道が発足しました。
浜中村営軌道は2路線の改良工事を行い、更に従来の馬車軌道を全て内燃動車に置き換えました。
これに伴うスピードアップは酪農家人口の増加と相まって貨物輸送にも影響を与え、馬車時代は野菜を運ぶのみだったのが牛乳の運搬にも大いに活用される事となり、輸送量も年を追うごとに増加していきました。
酪農の急速な発展が功を奏したのか浜中村も1963年8月に町制施行を果たし、簡易軌道も浜中町営軌道となりました。
1964年12月には茶内線のうち中茶内~若松間を独立した上、当該区間に若松~別寒辺牛間を含めた若松線7.8kmが開業。
翌1965年12月には先述した円朱別線の延伸開業も為され、町営軌道の輸送量は更なる増加を続けましたが、国庫補助の打ち切りや1970年からの「国営総合農地開発事業」に伴う道路整備の開始を受けて、1972年3月を以って全廃されてしまいました。
町営軌道が担ってきた牛乳輸送は全てトラックに引き継がれ、各牧場へのバルククーラーの設置により牛乳の生産量は飛躍的な増加を遂げています。





話は国鉄茶内駅に戻ります。
茶内駅では牛乳の発送を担ってきたそうですが、1979年7月を以って貨物取扱いが全廃になりました。
1984年2月には荷物取扱いも廃止。
1986年11月には根室本線東釧路~根室間が特殊自動閉塞(電子符号照査式)化され、茶内駅でのタブレット授受も終了。
同時に閉塞を取り扱う運転主任(民営化後の輸送主任)の配置を省略し、職員無配置の簡易委託駅となりました。
1987年4月の分割民営化に伴いJR北海道が継承。
1992年4月に簡易委託が廃止されて完全無人化。
現在は厚岸駅が管理する無人駅です。


縦羽目張り 木造駅舎


駅舎は1950年3月に竣工した2代目で、平屋の木造建築。
外装は板張りですが道内の木造駅舎としては珍しく、壁に縦板を張った「羽目張り」となっています。
板張りの駅舎自体は道内でも他に見られますが、大抵は壁に横板を張った「下見張り」の外装です。
10年ほど前は壁をピンクと山吹色のツートンカラーに塗装していたのですが、現在は薄緑色と灰緑色の寒色系にイメージチェンジ。
屋根のトタン板も緑色に塗られています。
夏場の茶内駅は自転車旅行者が束の間の休憩に訪れる事も少なくありません。





冒頭で触れたとおり浜中町はモンキー・パンチ先生の故郷なので(実家は漁師との事)、茶内駅の正面玄関にもルパン三世の等身大(?)看板が設置されています。
変装の名人としてもお馴染みのルパンですが、原作ではその猿顔すら真の姿ではなく、本当の素顔は相棒の次元大介ですら知らないとの事。
ある意味、ゴルゴ13の如きミステリアスな人物と言えるでしょう。
デューク東郷も作中では日本人とロシア人のハーフだとか、実は中国人だとか様々に噂されていますが、連載50周年を迎えてもなお正体は謎に包まれたままです。





一方、駅舎の向かいにある畠山金物店には・・・































石川五ェ門と峰不二子が姿を見せています。







待合室の様子。
壁一面に白い壁紙を貼っており、天井が高めにとられています。
駅によく置かれている4人掛けベンチは無く、代わりに木製のベンチが3脚。
駅ノートも置かれています。





かつての出札窓口と手小荷物窓口。
チッキ台が残されている一方で出札窓口は跡形も無くなり、代わりにドアが新設されています。
このドアは2002年4月にオープンした「ふれ茶内(ちゃう)館」の玄関口。
「ふれ茶内館」は浜中町役場が茶内駅事務室を改装したコミュニティスペースです。





「ふれ茶内館」には茶内駅や浜中町営軌道に関する展示品があるのですが、訪問当日は施錠されており室内に入る事は叶いませんでした。
ただし窓はカーテンで封じられていなかったため、外から中を眺める事が出来ました。
室内を覗くと茶内駅の歴代駅長名簿や開業年月日を記した札、浜中町営軌道の写真などが見られます。
交換駅ではあるのですがコミュニティスペースに改装した事からも分かるように、かつての駅事務室に連動装置の制御盤は設置されていませんでした。





しかし完全に無いという訳ではなく、駅舎の西隣には日本信号製の信号用ハットが建っています。
この手の信号用ハットは電子符号照査式の特殊自動閉塞を採用している線区でよく見られますね。
電子符号照査式は従来のタブレット閉塞に代わり、運転士が該当線区の運行管理駅で受け取った車載器(RPCアンテナ)を使って交換駅の閉塞装置と電波(列車識別符号)の送受信を行う事で、信号・転轍機・踏切を操作して閉塞を作るというものです。
花咲線の場合、車載器を管理しているのは釧路駅。
そして電子符号照査式の閉塞装置は、この信号用ハットの中に格納されているという訳ですね。


日本信号株式会社 信号用ハットB形 茶内駅


信号用ハットの製造銘板を見ると「昭和61年6月製造」とあります。
花咲線の電子閉塞が使用を開始したのは同年11月なので、これに伴い駅事務室から閉塞装置が完全に消滅したのでしょう。





信号用ハットのホーム側には、駅名標と共に銭形警部が立っています。
手前の花壇はマリーゴールドで彩られていました。




茶内駅 木造駅舎


ホーム側から駅舎を眺めた様子。





改札口はラッチが撤去されています。
庇の柱は古いレールを流用。
待合室の窓を活用した顔ハメ看板もあり、浜中町農協のお膝元である茶内に相応しく牧場の景色をイメージしたものとなっています。





駅舎の東側にはタブレット閉塞時代に使われていた信号テコ扱所の跡が残されています。
昔はここで助役や運転主任がテコを操作していたんですね。





信号テコ扱所と事務室勝手口の間には、出っ張った窓の運転事務室があります。
国鉄時代はホームを見晴らせるこの場所に、赤いタブレット閉塞器を置いていたんですね。
ちなみにCTC区間の木造駅舎では、このような出っ張り窓の運転事務室に連動装置を設置している事が多いです。





駅舎と信号用ハットの他には、保線作業員の休憩所が建っています。







2面2線の千鳥式ホーム。
両ホームとも全長は3両分ほどで、床面の大半が未舗装です。
駅舎側の1番線は下り列車(厚床・根室方面)、反対側の2番線は上り列車(厚岸・釧路方面)が発着します。
2番線ホームの外側には1本の側線が敷かれており、保線車両の留置に使用されています。







両ホームを繋ぐ構内踏切。
レールの左右には木製の板を敷いていますが、上下線の中間は砂利道となっています。
警報機はありますが遮断機はありません。





構内踏切の2番線側からは、側線を越えて茶内旭2丁目に至る砂利道が延びています。





砂利道の脇には「せんろであそばないで」と書かれた看板こそあれ、「通行禁止」の看板は設置されていません。
勝手踏切かと思いきや、どうやらJR側も側線の横断を認めているようです。





地元の人もごくごく普通に、側線を跨ぐ砂利道を生活道路として利用しています。
中には自転車で茶内駅に乗り入れる人も。
駅構内を自転車で渡るなんて叡山電鉄の宝ヶ池駅みたいだなあ・・・と、眺めていてほのぼのした気分になりました。





2番線ホーム上にはプレハブ小屋の待合所があります。
他にも両ホームの列車停止位置を見ると床が黄色く塗られているのですが、おそらくは助役や運転主任がタブレット交換を行う位置の目印にしていたのだろうと思います。


キハ54系 ルパン三世ラッピングトレイン キハ54-522 茶内駅 列車交換


茶内駅には快速はなさき、快速ノサップ、普通列車が全て停車。
現行ダイヤの花咲線では、厚岸以東に乗り入れる全ての旅客列車が茶内駅で交換するようになっています。





茶内駅2番線に停車したキハ54-522「ルパン三世ラッピングトレイン」。
ちなみに同町内を走るくしろバスでもルパン三世のラッピングバスが運行されています。


※写真は2017年9月9日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

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