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2018-12-05 (Wed) 21:30

根室本線根室駅 日本最東端の有人駅、乗泊、保線管理室



根室管内は根室市光和町2丁目にある、JR北海道の根室駅。
根室本線東釧路~根室間の「花咲線」に属する同駅は、北海道本島において最東端の自治体である根室市の中心街に位置します。
駅の北側には根室市役所、北海道根室振興局、根室地方合同庁舎といった行政機関や病院のほか、ホテル、民宿、飲食店、食料品店、宝石店、ドラッグストアなど商業施設が集まっています。
駅から徒歩4分のスーパーマーケット「マルシェ・デ・キッチン」は風変わりな店内レイアウトを採用しており、旅行者は一見の価値ありかと思います。
清酒「北の勝」で知られる日本最東端の酒蔵、碓氷勝三郎商店は駅から徒歩7分、国道44号線(根釧国道)を横断して坂道を下った先にあります。
駅から北に約1.3kmの根室港根室港区は未だロシアの実効支配が続く北方領土の貴重な玄関口で、1992年から日露相互のビザなし交流が続けられています。
根室港区は約125隻の漁船が利用する漁港としても機能しており、ホタテ、コマイ、秋鮭などが水揚げされています。
根室の海産物と言えば漁獲量日本一を誇るサンマや花咲蟹が有名ですが、これらは中心街から南に5kmほど離れた根室港花咲港区での水揚げが主です。


JR北海道 国鉄 花咲線 花咲線運輸営業所 根室駅工務 根室保線区 釧路保線所根室保線管理室


根室駅は1921年8月、国鉄釧路本線西和田~根室間の延伸開業に伴い一般駅として設置されました。
この延伸に伴い釧路本線は全通を果たし、同時に根室本線に改称されています。

1934年8月には根室港貨物支線根室~根室港間が開業。
地元住民から「臨港線」と呼ばれた貨物支線は大正踏切の東側で本線から分岐し、住宅地を北上して根室港区に至る2.3km(根室~大正踏切間も含めると2.6km)の単線で、基本的に貨物輸送のみでしたが1942年4月~1944年8月の約2年間だけ荷物輸送にも使われました。
戦前の根室港区は千島列島からの海産物や硫黄なども受け入れており、根室で水揚げされた海産物や蟹の缶詰と共に鉄道で各地へ送り出していました。
逆に北海道本島から千島列島に送る生活物資の運搬もこの貨物支線が担っており、1941年12月に太平洋戦争が開戦すると国防の最前線で戦う兵隊や、軍需物資の輸送にも大いに活用される事となりました。
終戦を迎えソ連による北方領土の実効支配が始まると、貨物支線は根室港区の海産物や野菜、木材などの輸送が主になりました。

さて、『根室市史 年表編』(1988年/根室市)で戦後の歴史を紐解くと、p.204に「1948年 国鉄根室駅の貨車幽霊配車の汚職事件発生」とあります。
根室市役所は年表編の20年前にも上下巻構成で『根室市史』(1968年)を編纂しているのですが、こちらには特に事件の詳細な情報が書かれていません。
貨車の配車に係る汚職事件なので、配車担当の助役や車号掛(後の配車掛)、貨物フロント業務に従事する貨物掛が当事者と考えられます。
一体どのような事件だったんだろう・・・と気になり、史料を片っ端から漁ってみたのですが本件に関する情報が得られませんでした。
『根室新聞』が1947年創刊なので何かしら報じていると思うのですが、所蔵している公共図書館3箇所のうち国立国会図書館は1985年10月1日付、北海道立図書館は1960年3月25日付、札幌市中央図書館は1999年8月2日付が最古となっており当時の記事が閲覧できません。
『釧路新聞』も当たってみましたが記事は見つからず。
ただし、札幌学院大学図書館で道新のマイクロフィルムを閲覧したところ、「ヤミ輸送」なる不正の取締りに関する記事が見つかりました。
おそらく根室駅の幽霊配車も関係しているものと思われますので、下記に引用しましょう。
なお、現在の新聞記事とは文章の体裁が異なり、句読点が省略されていたりしますのでご留意下さい。
朝刊の表示も当時は「日刊」でした。

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ヤミ輸送の一せい取締り
四割も占める鉄道、日通の情実

厳重な輸送証明制度をしり目にヤミ物資の移動、搬送は日をおうて激化する現状に道警察本部では二月二十五日から四日間全道警察に指令、輸送証明書のないヤミ輸送の一せい取締りを行ったが、このほど同部で集計された結果によると検挙されたものの四割は鉄道、日通扱いによる情実輸送であることがわかった
すなわちこの取締り期間中の検挙件数は二千五百四十三件で、このうち鉄道、日通扱いが九百九十五件で最高、ついで貨物自動車によるもの四百二十九件、機帆船によるもの百五十九件その他汽船、三輪自動車、馬車など
さらに違反物資は水産物約八千五百貨(貨車換算約四十二車輌)鉄材五十三㌧(同約五車輌)木材約四百石(同約十五車輌)魚油、新炭その他約十五車輌分計七十七車輌分が上っている
これらのヤミ配車あるいはヤミ輸送の大半は日通や鉄道の職員がヤミブローカーに懐柔されて情実輸送をしたり、ヤミ輸送しようとする物資の発券管理の腐敗によるものとみられ、道本部では一度と厳重な取締りを常時行い、ヤミの温床ともいうべき不正輸送の一掃を期することになった

出典:『北海道新聞』1948年4月12日付 日刊第2面
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記事にある「ヤミブローカー」とは政府の統制力が弱まった戦後の混乱期に暗躍した、違法な商取引を行う仲買人の事です。
この頃は国鉄の駅員もヤミブローカーが持ちかけてきた取引に応じ、非合法的な物資の流通に加担するケースが多く社会問題になっていたんですね。
そしてヤミ輸送により運ばれた物資は闇市に流れ、配給不足に喘ぐ市民を救う一方でヤクザが更に力を付ける養分となった訳です。
根室駅の幽霊配車もヤミ輸送への加担による汚職だったのでしょうね。
書類上は存在しない物資を運ぶために貨車を手配したら、まさしく「幽霊配車」と呼ばれるでしょう。
戦後しばらくは貨物輸送の混乱が続き、1950年11月には貨車の不足により根室町内に300両分もの物資が滞貨するトラブルも発生しました。





1965年10月、根室港貨物支線が廃止。
廃線跡は児童公園や遊歩道、砂利道に転用されており、容易に辿る事が出来ます。
根室港駅で取り扱ってきた貨物については、根室駅構内に新設された貨物側線での取り扱いに変更されました。

1973年10月には駅構内南側にコンテナ基地が新設され、1974年4月には「みどりの窓口」が営業を開始しました。
1978年3月には荷物取扱いが業務委託化され、北海道鉄道荷物(株)が窓口営業を受託しています。
1984年2月には貨物取扱い、1986年11月には荷物取扱いが相次いで廃止。
1986年11月には根室本線東釧路~根室間が特殊自動閉塞(電子符号照査式)化され、同時に根室駅におけるタブレット閉塞の取扱いが終了。
1987年4月の分割民営化に伴い、JR北海道が継承しています。
1991年7月、根室本線東釧路~根室間の経営改善を目的として花咲線運輸営業所が発足となり、根室駅が同運輸営業所の指揮管理下に置かれる事となりました。





駅舎は1959年8月に竣工した2代目で、への字を描いた招き屋根を持つコンクリートブロック造りの平屋です。
外壁は白と薄紫色のツートンカラーに塗装されています。





駅舎の東側には10年以上前から「花さき そば処 北然仁(ぼくねんじん)」という蕎麦屋が入居しています。
北然仁は摩周産の蕎麦粉を打った麺と、根室産の花咲蟹や浜中産のホエー豚を使った料理が高く評価され、2018年11月に北海道庁から「北のめぐみ愛食レストラン」の認定を受けました。
営業時間は11:00~19:00で不定休です。







待合室の様子。
4人掛けベンチが斜めに並んでいます。
5年前の冬場に訪問した時はキヨスクが営業中で旅情をそそられたものですが、2015年9月に閉店してしまい寂しい限り。
窓際には根室共立病院や民宿うまたて、民宿たかの、民宿ときわの広告看板が掲示されています。





待合室の開放時間は4:40~22:30です。
朝は始発列車の出発49分前に開き、夜は最終列車の到着48分後に閉まります。





出札窓口(みどりの窓口)の様子。
簡易自動券売機が1台設置されています。
窓口営業時間は5:20~17:00で、時間外は改札を行いません。
南稚内駅の簡易自動券売機は営業時間外に使えませんでしたが、根室駅は利用可能です。

根室駅は直営駅(社員配置駅)で駅長を筆頭に助役、営業担当駅員(営業係・営業指導係・営業主任)が従事しています。
姉別~東根室間の各駅を管理下に置き、ワンマン列車の到着時には駅長や助役がホームに出て運賃の回収、つり銭の補充を行います。
2018年現在、日本最東端の駅とされているのはお隣の東根室駅ですが、有人駅として最東端なのは根室駅です。
加えて窓口に設置されたマルス端末も、駅事務室の奥に見える連動装置も日本最東端の設備となっています。
なお、歴史上は根室拓殖鉄道の歯舞駅(1959年6月廃止)こそが日本最東端の駅であると共に、日本最東端の有人駅でもあります。





こちらは日本最東端の改札口。
2枚のドアのうち右側が乗車口、左側が降車口として使われています。
その中間に発車案内の札を掛けるフックがあり、行先と発車時刻を記した札を掲示するようになっています。
頭上の時刻表は当駅始発列車の欄に限り、釧路駅の到着時刻と接続する特急スーパーおおぞらの発車時刻を併記しています。





改札口の脇には池坊根室支部の生花が飾られていました。





かつての旅行センター跡には「根室駅イチ押しの旅」と題したPRボードが貼り出されています。
以前は根室の名物料理「エスカロップ」が食べられる飲食店を紹介する地図がありましたが、代替わりする事も無く消えてしまい何だかサミシイ・・・。





待合室の隅にはオリジナルの顔ハメ看板も。
駅長の白い盛夏服が旧制服デザインのままですが、これもご愛嬌。
寧ろ旧デザインの方がご当地感があって好きですね。







1面1線の単式ホーム。
全長は20m車7~8両分ほどでしょうか。
床は全面的にアスファルト舗装が施され、白線は何と破線2本、実線1本の計3本も引いています。
そして点字ブロックも完備。
側線は3本敷かれています。





出発信号機も転轍機も車庫も日本最東端ですね。





駅舎から延びる庇は3~4両分の長さをカバー。
柱は古いレールを流用しており、白いペンキが塗られています。





ホーム側から改札口、駅長事務室の勝手口を眺めた様子。





根室駅に到着した旅人を出迎える大きな看板。





改札口の頭上には最東端ゆえ、「朝日に一番近い街」である事をアピールする看板を掲げています。





改札口の脇には花咲線のロゴマーク。
浜茄子の花をあしらっています。





ホーム上の駅名標。





ホーム西端には「日本最東端有人の駅」と書いた看板が設置されており、観光客の多くはこの看板と並んで記念写真を撮ります。
右下を見ると日本最西端の駅は佐世保駅だと紹介していますが、あくまでもJR線の最西端に過ぎません。
普通鉄道における日本最西端は松浦鉄道たびら平戸口駅で、普通鉄道に限らなければ沖縄モノレール(ゆいレール)那覇空港駅が名実共に日本最西端です。





「日本最東端有人の駅」看板の背後を見ると、JRアパート51号棟の手前まで線路が延びています。





車止めの傍には「根室本線終点」の看板が立っています。
公道から見る事が出来るので、鉄道ファンなら訪問はマストでしょう。


根室駅乗務員宿泊所


「根室本線終点」と根室駅舎の道中には、これまた日本最東端の乗務員宿泊所があります。
根室乗泊はコンクリート造りの2階建てで、割と大きめの建物ですが夜間滞泊する列車はワンマン運転の1本しかないため、1泊する乗務員も運転士1人だけ・・・。


根室駅乗務員宿泊所 根室乗泊 根室乗務員宿泊所


対岸の公道からも乗泊を眺める事が出来ます。
せっかくの立派な建物が持て余し気味とは、少し勿体無い気がしますね。
社内研修や労働組合の会合などで使われる事もあるのでしょうけど。





同じ公道から駅舎を眺めた様子。
こうして見るとなかなか大きな駅舎だなあ・・・と感じます。




根室駅 根室通運(株) コンテナ貨物取扱所


根室駅の南側には根室通運(株)のコンテナ貨物取扱所が広がっているのですが・・・





ご覧の通りJR貨物のコンテナを取り扱っています。
根室駅が貨物取扱いを廃止して30年以上が経ちますが、すぐ近くの運送業者が鉄道貨物輸送に関わる仕事を引き受けているんですね。
と言いますか、ここって位置的に国鉄が設置したコンテナ基地だったんじゃないかと思うのですが、実際のところどうなんでしょうね?





そんなコンテナ貨物取扱所のすぐ隣にあるのは釧路保線所根室保線管理室。
言わずもがな、ここは日本最東端の保線管理室であります。
根室駅界隈は最東端に溢れていますね。
構内には2本の留置線が敷かれており、保線車両の留置に使われています。

根室保線管理室のルーツを調べてみると、根室本線全通から2ヵ月後の1921年10月に根室保線区が設置されているんですね。
これが1967年11月に釧路保線区根室保線支区に改組されたと。
更に分割民営化後の1991年7月に花咲線運輸営業所が発足すると、根室駅長の指揮管理下で保線を担当する根室駅工務に改組されました。
『「事業改善命令・監督命令による措置を講ずるための計画」平成30年度第2四半期実施状況の報告について』p.52によると、根室駅工務が現在の釧路保線所根室保線管理室に改組されたのは2014年7月の事。
この時には石狩当別駅工務、静内駅工務に加え、同じ花咲線の厚岸駅工務も保線所に移管されています。





現在の根室保線管理室は室長を筆頭に助役、保線係員(施設係・施設技術係・施設技術主任)が従事しています。
新体制になって4年、保線係員は最東端の鉄路を日々守り続けています。


※写真は2017年9月9日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

どこのドイツ * by ガーゴイル
根室駅から根室港駅への線路を建設すべきである。

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どこのドイツ

根室駅から根室港駅への線路を建設すべきである。
2022-08-19-22:29 * ガーゴイル [ 編集 * 投稿 ]