タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2018-10-16 (Tue) 21:00

函館本線奈井江駅 設備管理会社が切符を売る簡易委託駅



空知管内は空知郡奈井江町の本町2区にある、JR北海道の奈井江(ないえ)駅。
稲作農業が盛んな奈井江町の市街地に位置し、同じ本町2区には奈井江町文化ホール(コンチェルトホール)があるほか、徒歩圏内に奈井江町役場、奈井江町立国民健康保険病院、奈井江郵便局、エーコープないえ店、スーパーチェーンふじアシルマート奈井江店、北門信用金庫奈井江支店など多数の施設が集まっています。
函館本線と並行する国道12号線(中央国道)には古い看板建築が建ち並び、廃業した店舗が多いですが昔は駅前商店街が南北に伸びていた事が窺えます。
駅前から国道12号線を820mほど南下し、奈井江16号交差点を右折すると奈井江商業高校があるほか、平屋が多く集まるのに何故か住所上は「奈江原野」と、原野扱いのままになっている南団地公営住宅があります。
奈と江の間に「井」が入らないのも見落とし易いポイントですね。


株式会社富士工業 JR北海道 国鉄 簡易委託駅 業務委託駅


奈井江駅は1891年7月、北海道炭礦鉄道の幌内線岩見沢~砂川間の延伸開業に伴い、一般駅として設置されました。
これを切欠に奈井江村の開拓は活発化し、1893年3月には岩手県出身の伊藤広幾(ひろちか/後の衆議院議員)、佐藤庄五郎らが大地積の貸付を受け、大勢の農民が入植しました
更に1893年5月には何と東海道本線の敷設に協力し、北海道炭礦鉄道の社長も務めた横浜の実業家・高島嘉右衛門が、奈井江村と沼貝村(現・奈井江町チャシュナイ周辺)に跨る広大な土地を取得し「第一高島農場」の開設に着手しています。
著名人までも開拓に乗り出した上、奈井江炭鉱も発見されて急速に発展した奈井江村ですが、1899年5月に「奈井江市街大火」と呼ばれる大規模火災事件が発生。
奇しくも奈井江駅の東側に奈井江神社が創建された直後の出来事でした。
この大火によって市街地は壊滅状態になり、奈井江駅も被災し駅舎が全焼してしまいました。
鎮火後は急ピッチで市街地の復旧が進められ、暫く仮駅舎で営業していた奈井江駅も1902年1月に待望の新駅舎落成と相成りました。


貨物列車 JR北海道 国鉄 私鉄 北海道ジェイ・アール・サービスネット


北海道炭礦鉄道は1906年10月を以って国鉄に移管され、幌内線も1909年10月を以って函館本線に改称されています。
1910年2月には奈井江駅と日本鉱業奈井江炭山を結ぶ奈井江炭鉱軌道(約4.8km)が敷設され、奈井江~十二号坑・十五号坑間を結ぶ馬車軌道として産出した石炭を運搬しました。
同炭山の経営は1916年に山下鉱業(後の山下汽船鉱業)、1924年に北海道鉱業、1928年に住友合資会社、1929年に住友坂炭鉱を経て、最終的に1937年を以って住友鉱業(後の住友石炭鉱業)が継承しました。
この間、山下汽船鉱業時代の1923年10月に一旦の閉山を迎えており、奈井江炭鉱軌道も馬車軌道のまま廃止されてしまいました。
炭山が復活を遂げて住友奈井江炭鉱となった後、1940年4月に奈井江駅と選炭場を結ぶ線路が敷設されましたが、総距離1.1kmと馬車軌道より短くなりました。
住友奈井江炭鉱専用線には国鉄の車両も乗り入れ、奈井江駅での積込作業が省略されたといいます。
炭鉱経営は1963年11月に子会社の大日興産へと引き継がれましたが、1970年5月に閉山を迎える事となり専用線も運命を共にしました。

一方、1949年10月には三井奥奈井江炭鉱も専用鉄道を敷設。
奈井江駅の北側に三井奈井江駅を設置し、三井奈井江~白山坑間に三井鉱山奈井江専用鉄道が開業しました。
総距離は6.4kmと長く、国鉄や三井芦別鉄道から中古の蒸気機関車・客車を譲り受けて石炭輸送のほか、旅客輸送も担いました。
1951年12月には白山~東奈井江間が延伸され、計10kmを数えるまでになりましたが、1967年7月に三井奥奈井江炭鉱が閉山。
三井鉱山奈井江専用鉄道は閉山と同時の廃止を免れましたが、主産業の喪失と北海ダム建設計画(後に凍結)のダブルパンチによる沿線人口の急激な流出は止まらず、1年後の1968年9月に全廃されています。





奈井江駅では1978年10月に貨物取扱い、1984年2月に荷物取扱いが廃止。
市街地の駅ではあるものの操車作業が削減され当務駅長(駅長・助役・運転主任)を置く必要も無くなった事から、1984年5月には出札営業のみの簡易委託駅となりました。
1987年4月の分割民営化後も暫くは簡易委託が続きましたが、1998年4月に改札も行う業務委託駅に変更。
駅業務をJR北海道の子会社である日交観北海道(現:北海道ジェイ・アール・サービスネット)が受託し、みどりの窓口も設置されました。
しかし2016年4月を以ってみどりの窓口が営業を終え、これに伴い同年5月を以って再び簡易委託駅となっています。
業務委託駅時代から砂川駅の管理下に置かれていますが、同駅の窓口営業時間外は運転取扱駅員も勤務しない完全無人駅状態になるため、当該時間帯の列車遅延に関する問い合わせは滝川駅が引き受けています。





駅舎は1975年12月に竣工したコンクリート造りの平屋で、四隅を丸くした窓や白壁が如何にも1970年代に建造された駅舎らしい雰囲気を醸し出しています。
左右に扉を設置した二重構造の正面玄関を有していますが、右側の出入口には車椅子用のスロープが増設されており、業務委託駅時代の夏場はここの手すりに風車が何本も飾られていた事があります。





駅前広場には鍵盤が波打つピアノの姿をした彫刻が置かれています。
札幌市在住の彫刻家・浅井憲一さんが2001年に制作した「陽春」という作品です。







待合室の様子。
市街地の駅とあって広め。
正面玄関から入って右手にはストーブの取り付け台があり、それを囲むように4人掛けベンチがコの字型に置かれています。





ベンチに敷かれた座布団は業務委託時代からの伝統。
プラスチック製の椅子は固くて冷たいですから、座布団1枚だけでも敷かれていると温かみが違います。
業務委託末期にはエルダースタッフ(定年延長者)と思しき年老いた駅員さんが勤務されていました。
物静かな方でしたが大変な綺麗好きのようで、待合室を掃除している様子をよくお見かけしたものですが、今は何をされているのやら・・・。





飲料自販機の横には木彫りの壁掛けが飾られています。
孔雀と庭園の風景を彫った幽玄な絵柄です。





窓口は広めに取られていますが、現在使用されているのは真ん中の出札窓口のみ。
左端の手小荷物窓口は封鎖されて掲示板と化しており、駅前に乗り入れる奈井江町営バス・浦臼町営バスの時刻表や奈井江町シルバーセンターの案内などが貼り出されています。


株式会社富士工業 (株)富士工業 簡易委託駅 奈井江駅 出札窓口


出札業務は2016年5月の簡易委託化に伴い(株)富士工業奈井江支店が受託しています。
富士工業は美唄市に本社を置く企業で、空知管内を中心として公共施設・病院・工場等の清掃・警備・ボイラー等の設備管理、地下タンク漏洩検査などの事業を展開しており、北海道ビルメンテナンス協会にも加盟しています。





窓口営業は月~金の週5日で土日祝、年末年始(12月31日~1月3日)は休業。
各日の営業時間は6:30~10:30、15:40~18:10です。





富士工業は奈井江町役場内にある奈井江浦臼町学校給食センターの業務も受託しているらしく、訪問当日は出札窓口に「急募 調理員」と書いた紙が掲示されていました。
簡易委託駅の業務を受託する会社が、給食センターの業務も受託しているのは何だか面白いですね。





改札口にはステンレス製のラッチが2台残されています。
通り抜け可能なドアは写真右側の1箇所だけでした。





正面玄関から見て右側のラッチには集札箱が置かれています。
その上に置かれたプラスチックケースにも切符が入れられています。







ホーム側から駅舎を眺めた様子。
富士工業が使っている駅事務室の奥には、保線作業員・電気作業員が休憩所として利用している部屋があります。





ホーム側から改札口を眺めた様子。
手前に傾斜があるため、ホーム先端の床面に付くようなゴムの滑り止めが設置されています。







単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を合わせた、「国鉄型配線」と呼ばれる2面3線の複合ホーム。
両ホームとも全長は20m車10両分ほどと長めです。
奈井江駅に停車するのは普通列車のみで、特急列車は全て通過します。





島式ホーム外側から1番線、2番線となっています。
1番線は上り副本線で通過列車の待ち合わせに使用されますが、旅客列車は原則として7:30発の2150M(旭川6:28始発・手稲行き普通列車)の1本しか入線しません。
2番線は上り本線でほとんどの列車が入線します。





駅舎側のホームは3番線。
2番線と3番線の間にも1本の線路がありますが、そちらに番線表示はなくただの留置線となっています。





3番線ホーム上に設けられた庇の柱には、鉄道弘済会(キヨスク)の古い温度計が付いています。
2頭のパンダの絵が描かれているので、中国から上野動物園にカンカン、ランランが贈られてきた1972年10月頃に作られた物でしょうか?





モジャくんも現役です。







両ホームを繋ぐ跨線橋。





跨線橋の束石を見ると一つ一つに「ま」、「ず」、「確」、「認」と書かれており、「まず確認」と読めます。
貨物取扱いがあり構内で操車を行っていた時代、運転取扱業務に従事する構内関係駅員(運転掛・構内掛・構内作業掛など)が基本動作を怠らないよう書いた安全標語ですね。
無人駅や簡易委託駅でもついつい、鉄道職員が勤務していた時代の痕跡を探してしまいます。





2番線に停車した721系と、ホームに降りる白服車掌。
土日の午前中は岩見沢方面に向かう地元住民の利用が多めです。





3番線に停車した苫小牧運転所所属のキハ40系2連と、ホーム上で出発時機を確認する白服車掌。
平日朝は滝川方面に通学する高校生が多く姿を現します。





ホーム上の駅名標。


※写真は全て2018年9月24日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

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