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2017-11-05 (Sun) 17:51

29年の活躍に終止符!ニセコエクスプレスのラストラン【1】



アルファコンチネンタルエクスプレス、フラノエクスプレス、トマムサホロエクスプレスに次ぐ4番目のジョイフルトレインとして、JR北海道が1988年に新製したキハ183系5000番台
分割民営化後の苗穂工場において初となる新製車両は「ニセコエクスプレス」と名付けられ、新千歳空港(当時は千歳空港駅が南千歳駅に改称される前だった)とニセコを結ぶスキー列車として同年12月に華々しくデビューしました。
以来、冬場の臨時特急「ニセコスキーエクスプレス」を主に、函館本線の“山線”をはじめ全道各地を股に掛けて活躍しました。
夏場はフラノエクスプレスに代わり「ANAビッグスニーカートレイン」として札幌~新得間を走り、ゴールデンウィークには臨時快速「優駿浪漫号」として千歳線と日高本線の直通運転に充当された事もありました。

北海道日本ハムファイターズともタイアップし、球団が札幌に移転する前の2003年12月には「ファイターズ号」に大変身しました。
当時は札幌市電でも250形253号車(これまた札幌生まれの道産電車)がファイターズの広告ラッピング車になり、山鼻の町を走る勇姿が大変かっこよかったですね。
ニセコエクスプレスがファイターズ号として運行されたのは2010年までの7年間で、解除された後は元の塗装に戻っています。

JR北海道 国鉄 近鉄 近畿日本鉄道 リゾート車両 JR西日本 関西本線
JR北海道 国鉄 近鉄 近畿日本鉄道 臨時列車 リゾート列車


2012年7月に北海道デスティネーションキャンペーンが開催されると、近畿日本ツーリストとの共同企画列車「デリシャストレイン」として新千歳空港駅を起点に全道を周遊。
N183系(キハ183系500・1500番台)・NN183系(キハ183系550・1550番台)が立て続けにエンジントラブルを起こすと、2013年8月~2014年7月の特急北斗を代走する事態になりました。
キハ80系をベースにした先輩のジョイフルトレイン達が引退してからも、民営新時代にデビューした花形として活躍を続ける姿は頼もしく感じられました。
しかし老朽化には勝てず、今秋を以って車齢29年の生涯に幕を下ろす事になりました。
JR北海道は2017年10月29日、11月3・4日と3日に渡ってラストランを企画。
何れの運転日も函館本線蘭越~札幌間および蘭越~倶知安間を1往復ずつ走っています。
列車番号・ダイヤは下記の通りで、蘭越~札幌間の直通列車は蘭越~倶知安間を快速、倶知安~札幌間を特急として運転されています。

【上り9032D 札幌始発・蘭越行き特急列車】
札幌7:57始発→小樽8:40着/8:44発→余市9:07着/9:30発→倶知安10:25着
※倶知安から先は快速9222Dとして運転
※全車指定席

【上り9222D 札幌始発・蘭越行き快速列車】
倶知安10:39発→ニセコ11:00着/11:24発→昆布11:34着/11:36発→蘭越11:44終着
※特急9032Dを快速に変更して運転
※全車自由席

【下り9223D 蘭越始発・倶知安行き快速列車】
蘭越12:24始発→昆布12:32着/12:34発→ニセコ12:45着/12:52発→倶知安13:06終着
※全車自由席

【上り9224D 倶知安始発・蘭越行き快速列車】
倶知安14:19始発→ニセコ14:33着/14:41発→昆布14:51着/14:53発→蘭越15:01終着
※全車自由席

【下り9225D 蘭越始発・札幌行き快速列車】
蘭越15:10始発→昆布15:18着/15:20発→ニセコ15:31着/15:38発→倶知安15:52着
※倶知安から先は特急9035Dとして運転
※全車自由席

【下り9035D 蘭越始発・札幌行き特急列車】
倶知安16:00発→余市17:10着/17:15発→小樽17:46着/17:50発→札幌18:42終着
※快速9225Dを特急に変更して運転
※全車指定席

快速運転区間で通過するのは比羅夫駅ただ1駅のみ。
そんな中途半端な快速運転なら、いっそ各駅停車にして比羅夫駅にも停車させれば良かったのに・・・と思いますね。

JR四国
輸送主任 駅長 助役 北海道クリーン・システム 警備員


ニセコ地区にはJR北海道の子会社である北海道クリーン・システムから4人の警備員が派遣され、蘭越駅、昆布駅、比羅夫駅、倶知安駅の4駅に1人ずつ配置されました。
北海道クリーン・システムは車内・駅構内の美化を担う清掃業者のイメージが強いですが、施設警備や雑踏警備といった警備事業も展開しているのです。
しかし意外にも鉄道施設で同社の警備員を見かける事はあまりなく、「北海道クリーン・システム(株)」と書かれた制服ワッペンを見て少しテンションが上がりましたね。





なお、ニセコ駅については国際警備という別会社の警備員1人が配置されており、緑色の制服を着ていた事から似た社名の国際警備保障(株)とは無関係の業者みたいでした。
ニセコ駅は出札業務のみの簡易委託駅なのですが、ラストラン当日は管理駅である倶知安駅からも複数の駅員が派遣されていました。





私も2017年11月3日、ニセコエクスプレスの撮影・乗車に臨むべく山線に繰り出しました。
まずは122M(岩見沢5:55始発・小樽行き普通列車)、1930D(小樽8:05始発・倶知安行き普通列車)、1932D(倶知安9:43始発・蘭越行き普通列車)と乗り継いでニセコ駅まで移動。
ニセコエクスプレスの入線より約1時間早い9:59に到着しました。





11月に入ったものの、ハロウィンの恒例行事「コロボウシとカボチャの物語」は引き続き開催中。
倶知安駅から派遣されてきた駅員さん達も、普通列車を見送った後はハロウィンカボチャで彩られた駅前広場を楽しそうに眺めていました。
この日は3人の駅員が配置されており、うち2人は金線1本入り赤帯制帽を着用。
赤帽を見ると助役か輸送主任か気になる訳ですが、お2人とも名札に「助役」の2文字が明記されており当直助役である事が分かりました。
これが営業助役、輸送助役、設備助役、サービス助役、総務助役など各セクションの責任者になると、助役表記の前にそれそれの担当部門も併記されますが、比較的大規模な駅でなければ配置されません。
一方、赤帽こそ被ってはいるものの、名札に役職名が書かれていなければ非管理職の輸送主任、すなわち駅長・助役と同等の運転取扱資格を持つ熟練の輸送係駅員という事になります。
もう1人の黒帯制帽の駅員さんは、年回りと服装からして輸送指導係(輸送係と輸送主任の中間に当たる職)でしょうね。





ニセコ駅前にはカボチャに混じって、三毛猫ならぬ五毛牛も出現。
赤、オレンジ、黒、緑、白という奇抜なカラーリングは、「札幌イケウチ」のレゴ牛に負けず劣らず強烈な存在感です。





ニセコ駅はニセコリゾート観光協会が出札業務を受託する簡易委託駅で、待合室には観光案内所も設けています。
「観光協会」を名乗っているからといって、任意団体ではないのです。
これまたきちんと調べない鉄道ファンが多いもので、道新に掲載された小さな記事を見て「簡易委託駅だから歩合制じゃないのか」「紙面上に採用情報を載せろ」等とのたまう人が目立ちましたね。
ちょっと検索すればハローワークインターネットサービスに掲載された求人が引っ掛かったのにね・・・しかも歩合制じゃなくて時給制のパートタイマーだし。
あれから6ヶ月半、後継者はどんな人かなと気になって出札窓口を見ると、鉄道ファンではなさそうな中年女性が切符の販売に追われていました。
まあ、パートで就業するために遠路はるばる面接を受けに行く人がいるとも思えませんし、結局は地元住民に落ち着いたといったところでしょう。
そして出札窓口の隣、いつもなら封鎖されている旧・手小荷物窓口も珍しく開放され、ニセコエクスプレスの記念乗車券と「わがまちご当地入場券」を扱う販売カウンターとして営業していました。





掲示板にはこんな貼り紙も。
2017年11月12日に開催される『函館本線「山線」の存続と鉄路を考えるつどい』の告知ポスターですね。
使われている写真は平日朝ラッシュ時、キハ150系3連で運転される2929D(長万部6:00始発・小樽行き普通列車)が停車し、地元の高校生が乗り込む通学風景を捉えたものです。
運転取扱上は無人駅扱いで通常のワンマン列車なら1番前のドアしか開かないところ、2929Dは車掌が補助乗務に当たり全てのドアが開け放たれます。
確かに過疎化で利用客は減っているのでしょうが、それでも日々の生活に鉄道が必要という住民は多いのです。
「北海道新幹線が札幌まで延伸するぞ」などと喜んでいる場合ではありません。
地方を見放すという事は即ち、国土を見放すという大罪であります。
一国民として地方に救いの手が差し伸べられる事を願うばかりです。





改札口に助役が立つだけで駅舎が華やいで見えますね。
ただしワンマン列車はいつも通り前降り前乗り方式、運転士による集札・精算。
しかも駅舎の両脇には駅構内から出る抜け道があるため、1984年4月の簡易委託化から33年間、使われないままのラッチが再び活用される事はありませんでした。





改札口の頭上には「29年間ありがとうニセコエクスプレス」と書かれた横断幕が掲出されていました。
ニセコ町役場が設置した物で、ニセコ町のマスコットキャラクターであるニッキーとアニッキーが描かれています。





ホームにはペンションブルックの「ニセコ燻製工房」、渓流堂の銘菓「渓流焼き」、ニセコ産の酒米「彗星」で作った田中酒造の「大吟醸ニセコ蔵人衆」など、ニセコ地区の特産品を揃えた出店もありました。





せっかくなのでニセコ駅の南西、黄色いニセコ大橋の手前で保存されている転車台とSLを見物しに行く事に。
転車台はかつてC62ニセコ号を走らせるために、旧・新得機関区から移設された物ですね。
C62ニセコ号は北海道鉄道文化協議会が運転資金を負担し、函館本線ニセコ~小樽間で運行されていた保存列車で、協議会には高橋名人が勤務していた事で有名なゲーム会社のハドソン(創業者が鉄道ファンだった)も参加していました。
それがバブル崩壊の煽りでスポンサーが集まらなくなり、C62ニセコ号は1995年11月を以って廃止。
転車台は長らく放置された後、有島記念館の主導によって保存活動が行われています。





この転車台に蒸気機関車が鎮座するのは22年ぶりの事。
SLは苗穂駅近くのサッポロビール園で静態保存されていた9600形9643号機で、園内工事に伴い2017年6月に当地へ移設されてきました。
移設を働きかけたのは東京に拠点を置き、不動産事業を核とし多角経営を行う井門グループの経営者・井門義博さん。
札幌市内にもありますよね、「井門」と名の付くビルが何棟も。
この井門さんが東京都内で鉄道模型店「Models IMON」を展開されているほどの鉄道ファンである事は有名かと思われます。
私も大学時代、東京へ遊びに行く度に秋葉原や大井町の「Models IMON」に通ったものでした。
9643号機は1914年に川崎重工で製造され、国鉄では亀山機関区(現・JR西日本亀山鉄道部)や旭川機関区(現・JR北海道旭川運転所)で活躍した後、1948年に日曹炭鉱天塩砿業所専用鉄道へ譲渡。
日曹炭鉱天塩砿業所専用鉄道は宗谷本線豊富駅から坑道まで16.7kmを結んだ炭鉱鉄道で、表向きは貨物専用の鉄道路線でしたが炭鉱町の住民も便乗扱いで生活利用しており、途中駅も複数設けられていました。
しかし石炭需要の低迷により1972年7月を以って廃止され、解体を免れた9643号機は1973年12月にサッポロビール園へと引っ越し、44年間を同所で過ごしてきました。
ところがビール園の改修工事に伴い解体する方針が持ち上がり、それを知った井門さんが救いの手を差し伸べた訳ですね。





ニセコエクスプレスの入線まであと45分という頃、有島記念館の学芸員と思しき方が朱色のアノラックを着てSLを点検していました。
聞けばニセコエクスプレスのラストランに合わせて汽笛を鳴らすとの事。





なるほど確かに、柵にも汽笛を鳴らす予定を知らせる貼り紙が出ています。
しかも9225D(蘭越15:10始発・札幌行き)の入線に合わせ、15:30頃に前面のナンバープレートを取り付けるとの事。





まだまだ時間に余裕があったので、坂道を上ってニセコ大橋へ。





ニセコ大橋から俯瞰したニセコ駅の遠景。
蘭越駅に向けて出発するニセコエクスプレスを橋の上から撮影しようか・・・とも思いましたが、段々と晴れて「これでは側面に影が出来るな」と懸念。
諦めて坂道を下り、ニセコ駅へと引き返す事に。





本当の最終日ではないけど混雑するんだろうな・・・と思いつつニセコ駅に戻ると、想像していたような人だかりは出来ていませんでした。
去年の秋に訪問した時の方が、観光客で賑わっていたかも知れないなあ。
この頃には何処から来たのか、背広に白い腕章を付けたJR北海道の総合職も姿を見せました。





駅構内の跨線橋で待機していると、11時前にニセコエクスプレスが現れました。
カーブを曲がって狩太踏切を通過。




ニセコエクスプレス ニセコ駅


駅舎側の1番線へと滑り込んできました。





跨線橋を潜り切らないうちに停車。
腕時計を見ると・・・あれ、定刻より2分早くないか?
カメラもスマホも確認したのですが、まさかの10:58着になってしまいました。
9222D(札幌7:57始発・蘭越行き快速)は列車交換の都合により11:24まで停車するため、乗客はホームに出て撮影したり常備軟券を買ったりと思い思いに過ごします。
おかげでニセコ駅はすっかり大賑わい。





キハ183系5000番台は乗務員室扉の窓を上下開閉の落とし窓ではなく、キハ80系やキハ181系、JR四国2000系のような開戸タイプ(蝶番を軸にして開閉)にしています。
そのため車掌がホームに降り立つ時も、まず窓を閉めてから扉を開ける事になり若干面倒。
車外に出るまでのタイムロスは乗務員泣かせでしょうね。





1番線の長万部方にはニッキーが現れ、来訪者との記念撮影に応じていました。
当然、同業者はニセコエクスプレスとのツーショットを所望。
するとニッキーは二つ返事で引き受けてくれたので、私も一緒になってシャッターを切りました。





対岸の2番線からも撮影。
やはり床下もすっきり収めたいですよね。







両ホームには倶知安駅の助役が1人ずつ立哨し、乗客や来訪者の動きを注視していました。
ホームに立ち番の駅員がいるだけでも、ニセコエクスプレスの風格は段違いに変わりますね。





9643号機の手前にも、ニセコエクスプレスを見送ろうと同業者が集まっていました。
しかも汽笛も鳴らされて送別会を盛り上げてくれます。


キハ40系




11:23、交換列車の1935D(蘭越11:04始発・倶知安行き普通列車)が9643号機を横目に入線。
キハ40-817とキハ150-13で2連を組成していました。





長い停車時間を経て定刻より1分遅れの11:25、ニセコエクスプレスが蘭越駅に向けて出発。
2番線の助役も気を引き締めて構内を監視します。





去り際に9643号機とのツーショットを狙ったものの、排煙が濃くて煤けたトーンになりました。


9222Dを見送った後は昼食休憩を挟み、折り返し9223D(蘭越12:24始発・倶知安行き快速)の撮影に備えました。
次回に続きます。


※写真は全て2017年11月3日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

No title * by ET403
JTといえば前面展望やハイデッカーといった、眺望を考慮した構造に仕立てるのが流行していた頃、ニセコEXPは異色の存在でした。通常床に高天井という、空間を贅沢に使った客室構造に、私はむしろ近年に至って、魅力を感じるようになっていました。ついに一度も乗ることはありませんでしたが・・・。

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JTといえば前面展望やハイデッカーといった、眺望を考慮した構造に仕立てるのが流行していた頃、ニセコEXPは異色の存在でした。通常床に高天井という、空間を贅沢に使った客室構造に、私はむしろ近年に至って、魅力を感じるようになっていました。ついに一度も乗ることはありませんでしたが・・・。
2017-11-09-22:29 * ET403 [ 編集 * 投稿 ]