タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2017-10-23 (Mon) 23:42

士別軌道RC「急行雨竜号」で浦臼~新十津川間を1往復【後編】



新十津川駅前を11:00に出発し、浦臼駅に向かって札沼線に沿って南下する急行雨竜号の第3便。
途中停車した下徳富駅を発車してから16分、11:36に鶴沼駅近くの道の駅つるぬまに到着しました。
ここでは11:49まで13分間の停車となり、我々乗客は再び外に出て日野RCを撮影して過ごす事に。
「ぽっぽや」の社長さんも先回りし、乗客と一緒になって旭川22か1269を撮影されていました。
次回のバスツアーに向けて、広告用の写真を撮り貯めていらしたようです。
道の駅つるぬまには北海道では珍しい瓦屋根を持つ建物が並んでおり、わびさびを感じる景観に小豆色とアイボリーのモノコックバスが絶妙にマッチ。





和風建築のうち2軒は公衆トイレになっており、男性用は「鶴沼つつじ苑」、女性用は「鶴沼桜花苑」と名付けられています。
鶴沼の所在地である樺戸郡浦臼町はツツジを町花、桜を町木に定めているのですが、トイレの名称に使っているのは「お花摘み」を連想しての事なのでしょう。
なかなか洒落たネーミングセンスです。

JR北海道 国鉄 士別軌道 日野K-RC301P
旭川22か1269(日野RC/1982年式) 土讃線 高知県 学園都市線 札沼線


つつじ苑、桜花苑とも玄関前に浮世絵風の絵画を飾っています。
このうち、つつじ苑の絵をよく見ると・・・





何と幕末の志士、坂本龍馬が描かれています。
これは以前にも書いた事ですが、ここ浦臼町は坂本龍馬の親族が入植した土地なのです。
元々、龍馬は蝦夷地開拓に大きな夢を抱いており、「生涯の仕事」だと意気込んでいました。
1860年代までに北海道へ移住しようと有志を募っていましたが、1867年12月に勃発した近江屋事件で暗殺されてしまいました。
志半ばで倒れた龍馬の意思は甥の坂本直寛に引き継がれており、北光社移民団を設立した直寛は1897年5月に同志とその家族、約100戸を率いて土佐を離れ北見に入植しています。
2006年4月に廃止された北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(元・JR北海道池北線)の北光社駅は、まさしくこの北光社移民団に由来する駅名です。
直寛は北見開拓に先駆け、親戚の武市安哉(たけち・あんさい)が札的に設立した聖園農場の協力を得ており、その事が坂本龍馬一族を浦臼町に結びつける切欠となりました。
安哉の訃報を知った直寛は北見の開拓に尽力した後、浦臼に移住し聖園農場を継承。
1899年には直寛の兄で龍馬の養子だった坂本直が病死し、残された妻の留と次男の直衛が直博を頼って浦臼に移住し、母子の死後に坂本龍馬家の墓が建立されました。
幕末好きなら感慨深い気分になるスポットでしょう。
ちなみに坂本直寛の孫は、六花亭の包装紙でもお馴染みの著名な画家・坂本直行です。
直行さんが龍馬の血縁である事は意外に知られていなかったりします。
行動を共にしていたTJライナーさんもご存知なかったですね。





こちらは道の駅つるぬまの本館
なかなか年季の入った2階建ての看板建築です。
館内には食堂と土産屋が入っており、土産屋では小樽に本社を置く北海道ワイン(株)の鶴沼ワイナリーで醸造されたワインを多数取り扱っています。


士別軌道 旭川22か1269




道の駅つるぬまの本館と日野RCを一緒に撮影してみたり。





公式側が良い感じに順光だったので、真横からも撮影してみます。
広々とした駐車場で車も多過ぎず、すっきりとカメラに収められました。





しかしよくもまあ、今年で車齢35年のモノコックバスが士別から遠路はるばる樺戸まで来たものです。
乗ってみると結構元気な走りだと感じられましたし、車体も目立った傷みは見られませんから、これから先も活躍し続けてくれそうですね。





国道275号線を挟んで向かいには鶴沼公園や浦臼温泉があり、それに加えてガソリンスタンド脇の一軒家には踏切警報機が2本も置かれている上、鐘の付いた火の見櫓もあって目を惹きます。
玄関の庇をよく見ると「HK資料館」と書かれていますが、一体何の施設なのか皆目見当が付きません。
玄関前に灯篭や仏像が置かれている様子からして、石工さんの工房兼住居なのかな・・・とも思いましたけどね。





急行雨竜号は11:49に道の駅つるぬまを出発。
乗車の際、「新十津川駅を勝手に守る会」の三浦会長から今川焼きを頂きました。
サービス精神旺盛な方で好印象です。





そして定刻より4分早い11:56、第3便の終点である浦臼駅前に到着しました。
浦臼駅には日野RCの運転情報を聞きつけ、多くの同業者が集まっていましたね。
浦臼駅まで自転車で移動するため、新十津川駅で別れたWさんとも再会し互いにビックリ。
しかし考えてみれば、Wさんが浦臼駅から豊ヶ岡駅まで乗る列車は5428D(浦臼13:21始発・石狩当別行き普通列車)ですから、このタイミングで再会するのは何ら不思議な事ではなく。
Wさんも「自転車の積み込みが可能ならRCに乗っとけば良かった」と仰られていました。





道路の対岸に渡り、日野RCと浦臼駅舎(ふれあいステーション)のツーショットを撮影します。





浦臼駅前では非公式側が順光になりました。
しかし道中、前面と公式側を共に順光で撮れる機会には恵まれませんでしたね。
晴れの日は逆光に縛られてしまうのが大きな悩みです。





それが都合の良い事に、雲が太陽を隠してくれました。
これは僥倖と前面と公式側を一緒に撮影。





せっかくなのでホーム上からの俯瞰もしてみます。





駅前に設置された北海道中央バス・浦臼町営バスの浦臼駅停留所と共に。
新十津川駅前には士別軌道の特製バス停標識が置かれましたが、片付けの都合もあって浦臼駅には設置されていませんでした。


キハ40系400番台 キハ40-402


12:14、当駅止まりの5427D(石狩当別11:15始発)が入線。





どうにか士別軌道の日野RCとキハ40系400番台のツーショットを撮れないかと、様々なポイントを検討した結果、このカットに落ち着きました。
浦臼駅の看板とキハ40系400番台の特徴である黄緑色のドアが見られます。





急行雨竜号の第4便は札沼線5427Dとの接続を考慮し、発車時刻は12:20に設定されています。
今度は途中停車は一切無く、国道275号線を真っ直ぐ北上して新十津川市街に入り、新十津川駅まで戻る事になります。
前ドア横のサボも取り替えられ、「新十津川駅行」の表示になりました。


士別軌道運転手 日野RC運転台


定刻どおり12:20に浦臼駅を出発。
Wさんとは再びお別れになりました。
乗客は9人で、このうち私とTJライナーさんを含むUターン組は7人。
あとの2人は5427Dからの乗り換え客でした。
第3便では後ろ側の座席でしたが、第4便では前側の座席に移り、運転手さんのハンドル捌きを眺めて過ごしました。
程なくして車掌役のスタッフさんによる運賃収受が始まり、支払いと引き換えに記念グッズを頂きました。
グッズの内容は第3便と同様です。





国道275号線を北上し、新十津川町にイン。
『ブギウギ専務』恒例のカントリーサインの物真似がしやすそうな絵柄ですね。





そして定刻より10分早い12:40、新十津川駅前に到着しました。
これにて浦臼~新十津川間の1往復が終わりました。

しかし、急行雨竜号の運行が終了した訳ではありません。
ここからは濃厚な内容の第5便、石狩沼田駅・沼牛駅・添牛内駅・天塩弥生駅経由士別営業所行きに乗って5時間のバス旅に出かけます!
それについては次回記事で。


※写真は全て2017年10月14日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2020-04-12

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