タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2017-10-19 (Thu) 00:24

札沼線新十津川駅で開催!「秋の終着駅フェスタ」を訪問【2】





引き続き、2017年10月14日に開催された「秋の終着駅フェスタ」の様子を取り上げましょう。
士別軌道RCの「急行雨竜号」第2便(新十津川駅前9:50発・滝川駅前行き)を見送った後、自転車で札沼線に沿って南下するというWさんとはここでお別れ。
Wさんは浦臼駅まで自転車を走らせた後、普通列車に乗り換えて札沼線屈指の秘境駅である豊ヶ岡駅を目指すのだそうな。
ならばお耳に入れて差し上げようと思い「去年の今頃に豊ヶ岡駅を訪問したんですが、玄関の窓ガラスに“ゆびつめ注意”のステッカーが貼られていましたよ」と話したら、Wさんも「関西人の置き土産かよ」と笑っていましたw
Wさんくらいの世代の方々にとっては、阪急、阪神、京阪、南海、近鉄など幅広く見られた「ゆびつめ注意」の表記は関西名物として馴染み深い物でしょうね。
私とTJライナーさんは新十津川駅に残り、駅舎の表に広がる会場を見て回りました。

JR北海道 国鉄 士別軌道 JR連合 京阪電鉄 阪急電鉄 JR西日本
JR北海道 国鉄 士別軌道 JR総連 阪神電鉄 南海電鉄 近鉄 日高本線


駅前通りの道道625号線に面した屋台は、旭川四条駅前の鉄道ショップ「ぽっぽや」が出店する鉄道ガラクタ市・切符販売会
北海道鉄産労(北海道鉄道産業労働組合)日高線運輸営業所分会の赤い旗が目印です。
北海道鉄産労とは国鉄解体・分割民営化を巡り敵対労組同士の小競り合いが続く中、国鉄労働組合を脱退した民営化賛成派が1987年2月に旗揚げした鉄産総連(日本鉄道産業労働組合総連合)の傘下組織。
一足先に「雇用だけは守る」と民営化に賛成した、動労・鉄労・社員労・全施労・鉄輪会・真国労などの組合が結託した鉄道労連(全日本鉄道労働組合総連合会)とは敵対関係にあり、分割民営化後も鉄道労連の傘下組織・北鉄労(北海道旅客鉄道労働組合)との溝が深まるばかりでした。
鉄道労連は後に公称をJR総連に改め、JR北海道・JR東日本・JR貨物では最大勢力として君臨しています。
しかし、共に手を取り合ったはずの動労と鉄労は元から水と油の関係で、1991年2月に旧鉄労派が多数を占める西労組(西日本旅客鉄道労働組合)の大松執行委員長がJR総連との断絶を表明。
JR総連系の組合新聞が“大松叩き”に染まる中、東海労組からは旧動労派の脱退が相次ぎ、四国労組・九州労組もJR総連から脱退しました。
そしてこれら組合が鉄産総連と手を組み、組織統合をして生まれたのがJR連合という訳ですね。
その後、北海道鉄産労は更に国労からの脱退者を受け入れ、2003年10月に北労組(JR北海道労働組合)として再出発しています。
石勝線トンネル内脱線炎上事故が発生した2011年5月以来、JR北海道で不祥事が相次いだ影響もあって、ここ暫くの北労組は中途加入者(北鉄労からの脱退が多い模様)による組織拡大が続いているようです。

・・・組合の話を長々としてしまって恐縮ですが、鉄道ガラクタ市では国鉄時代の携行品や部品、制帽などが売られていました。

樺戸郡新十津川町 空知管内
学園都市線 JR四国 JR九州 JR東海 JR西日本 営業係駅員


物販に加えて新十津川駅到達証明書の無料配布も行われていました。
JR北海道の旧型制服を着たスタッフさんは、証明書の発行依頼を受けると日付入りのスタンプを押していきます。
さながら出札窓口の営業係です。
やはりJR北海道の制服は黒の現行よりも、紺色の旧型の方が好きですね。
件のWさんも結構前に「現行制服はJR東日本に似てて没個性的だ」と仰られていましたっけ。


函館本線


頂いた到達証明書がこちら。
郵便はがきの裏にプリントが施されています。
「鉄道の日」の日付入りというのが感慨深いですねえ。





カウンターの奥には2016年10月10日の「新十津川駅 85周年を祝う会」で撮影された記念写真が飾ってありました。





鉄道ガラクタ市に隣接した屋台では、新十津川町産の新米を使った「終着駅カレー」を売っていました。





せっかくなので2人とも終着駅カレーを購入し、少し早い昼食とします。
米が甘くて美味い!





カレーの屋台ではイベントに合わせて作られた「終着駅まんじゅう」に加え、地元・新十津川町が誇る金滴酒造の甘酒丹切飴も売られていました。
以前にも書きましたが樺戸郡新十津川町は、奈良県吉野郡十津川村で1889年8月に起きた洪水(十津川大水害)により生活の基盤を失った村民2691人が、同年10月に移住し開拓した町なのです。
HTBの大人気番組「水曜どうでしょう」のファンには「ミスター」の愛称でお馴染み、鈴井貴之さんのご先祖様も十津川村の出身なのだとか。
十津川村から北海道への移住を村民達に呼びかけたのが、何を隠そう金滴酒造の設立発起人となった西村直一氏という訳です。
西村氏は大変な愛国者であったといい、北海道へ移住し北方防備の重任に当たる事こそ、郷士先祖代々の忠君愛国の精神に叶うのだと説得して回ったのだそうです。
開拓が困難を極める中、入植者達は10年間の断酒を誓って開墾に尽力し、稲作が軌道に乗った1906年9月に酒を飲んでも良い事になって金滴酒造の設立と相成りました。
賛同者は延べ81名にのぼり、北海道の酒造業界としては初の純法人組織となりました。





物販は他にも地元農家の清野ファームによる高糖度トマトや「ゆめぴりか」の直売や、「HOKKAIDOしっぽの会」のチャリティグッズ販売等が行われていました。





始発列車にして最終列車の5426D(新十津川9:40始発・石狩当別行き普通列車)が去った後も、駅舎の周りは多くの人で賑わっていました。





正面玄関には黄色を基調に「いいね 札沼線」と書かれた旗が掲げてありました。





駅舎脇の瓢箪と黒笠の飾りが付いたワンタッチテントにはオーディオが置かれ、国鉄時代の日交観(日本交通観光社)の物と思しき制服を着たお爺さんがBGMを流していました。
鉄道に因んで狩人の「あずさ2号」やゴダイゴの「銀河鉄道999」等をかけていましたね。





待合室を見物する人も多いの何の。
掲示物が結構増えましたね。





秋という事で旧改札口に掲示された「歓迎 ようこそ新十津川へ」の看板も、紅葉をイメージした装飾が施されています。





10:14、滝川駅から士別軌道の旭川22か1269(日野RC/1982年式)が戻ってきました。
「ぽっぽや」の社長さんが手笛を吹きつつ、バックするモノコックバスを誘導します。





日野RCが停止した後は、最近話題の駅長犬・ララちゃんを交えた記念撮影会に。





個人的にはララちゃんよりも、こちらの素敵な制服を着たお爺さんに釘付けでありました。
お爺さんに「これは何の制服ですか」と伺ったところ、戦後まもない頃にGHQの指導を受けて日本の警察が導入したモデルなのだそうです。
戦前の警察官は詰襟の制服を着用し、サーベルを帯刀していましたが、1946年7月を以ってアメリカに準じたスタイルに変更された上、サーベルの代わりに警棒を装備するようになりました。
このベージュ色の開襟タイプは盛夏服で、冬服はネクタイ着用の背広型としていたのだとか。
そういえば国鉄の制服も、戦後になって詰襟から背広に改められましたね。





左袖には主任の階級章が付いていました。





この後は下徳富駅、道の駅つるぬまを経由しつつ、新十津川駅前~浦臼駅前間を1往復する日野RCの急行雨竜号。
せっかくの機会なので、私とTJライナーさんはRCに乗る事にしました。
次回に続きますが、タイトルを変更するかも知れませんのでご注意を。


あと、いくつかコメントを頂いているのですが、多忙につき返信が遅れます。
悪しからずご了承下さい。


※写真は全て2017年10月14日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

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