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2017-07-29 (Sat) 09:17

2017/7山陽旅行【3】 かつての炭都・宇部を支える宇部線



新山口駅に50分近く滞在した後は、いよいよ初日のお目当ての一つである宇部線に足を踏み入れます。
宇部線は新山口駅を起点に、周防灘の海岸線に沿って宇部の港町を経由しつつ、内陸側の宇部駅へと至る路線。
起終点ともに山陽本線と接続しており、平行する山陽本線新山口~宇部間に比べて、宇部市内を大きく迂回するように敷設されています。
沿線には海底炭田である宇部炭田(宇部炭鉱とも)が広がり、江戸時代に長州藩が石炭事業を直営していた事で知られています。

宇部炭田で採掘された石炭は「宇部炭」と呼ばれ、当初は製塩用の燃料が主な用途でしたが、黒船の来航後は英米の船舶に燃料として販売されるようになりました。
宇部炭は長州藩にとって重要な収入源であり、1868年には石炭局を開設し生産・販売の完全直営を開始。
自家用石炭の採掘を全面禁止するまでになりましたが、翌1869年に明治政府が「鉱山解放令」を布告したため、鉱山採掘権をあえなく解放する事に。
その3年後の1872年、鉱物を国の所有物と定めた「鉱山心得」の公布によって、その採掘が国民の請負稼業となりました。

以降は宇部炭田でも炭鉱の創業が相次ぎ、販路も従来の製塩用、船舶用から鉄道用、工場用と次第に拡大。
大正期になると火力発電の普及により採炭量は更なる増量を続け、石炭輸送の手段として1914年1月に宇部線の前身となる宇部軽便鉄道が開業しました。
宇部軽便鉄道は1921年12月に宇部鉄道と名を改め、同年10月には直流電化(1500V)も成し遂げています。
宇部炭田は戦時下の1940年に史上最大生産額の423万トンを叩き出し、1942年には4社の合併により設立された宇部興産が経営を担うようになりました。
宇部鉄道も1941年12月には小野田線の前身である宇部電気鉄道を吸収合併するも、沿線が軍需産業拠点としての性格を帯びていたからか1943年5月を以って全線が国有化しています。

しかし、終戦を迎えた1945年には採炭量が134万トンへと大幅に減少。
翌年から徐々に持ち直し1951年に278万トンまで回復するも、石炭業界全体が不況に差し掛かると右肩下がりに歯止めが効かなくなっていきました。
1967年にはとうとう51万トンにまで落ち込み、1968年10月の宇部鉱業所閉山を皮切りに1970年までに全ての炭鉱が操業を終えました。

宇部線では運炭列車が廃止された後も、宇部興産やセントラル硝子宇部工場への石灰石輸送が実施されてきました。
その貨物列車も宇部興産専用道路の開通後は次第にトラック輸送へと切り替わり、2009年10月を以って全廃となっています。
今や宇部線を走る貨物列車は1本も無く、往年の隆盛は見る影もありません。

JR西日本 JR貨物 貨物輸送 国鉄 JR北海道
JR西日本 JR貨物 貨物輸送 国鉄 JR北海道


新山口駅の在来線ホーム5面8線のうち、8番線が宇部線の乗り場となっています。
乗車する1847M(新山口14:44始発・宇部行き普通列車)には、105系の広セキU03編成が充当されていました。
白を基調に赤帯・青帯を引いた広島色を纏っていた105系も、すっかり山吹色に塗り替えられてしまいました。





定刻通り14:44に新山口駅を発車し、単線区間をひた走る1847M。
山陽本線との並走は3分間に及び、上嘉川駅の手前でようやく逸れていきます。
乗車人数が毎年2~4%ほど減少し続けているという宇部線ですが、この時は案外乗客が多く座席がほぼ埋まっていました。

宇部線では後乗り前降り方式のワンマン運転を実施しており、1847Mも例外ではないのですが最後尾の乗務員室をよく見ると何と車掌が乗務していました。
ワンマン列車に乗務する車掌といえば当ブログで度々、JR北海道が根室本線新得~池田間宗谷本線旭川~蘭留間函館本線函館~大沼間などで実施している補助乗務を紹介しました。
あちらの場合、車掌はホーム上での改札業務や列車監視を行うものの、ドア操作や車内放送(自動放送装置の操作および肉声放送)は運転士が担当しています。
しかし、宇部線の場合はと言うと、車掌は客室内での特別改札に勤しむのみ。
しかも結構な頻度で車内を巡回していました。
JR北海道のように閉扉の時機をブザー合図2打で運転士に知らせたり、落とし窓から顔を出して列車監視をしたりという事はありません。
平日朝ラッシュ時の西帯広駅や旭川四条駅の如く、無人駅で全てのドアが開くなんて事もなく。
山口乗務員センターがワンマン列車での特改行路を設けている理由は何なのか、気になって調べてみるとどうやら運賃不足だったり、期限切れの定期券を持ったまま乗車する客が多い路線なのだそうです。
小野田線でも同様の特改行路が組まれているらしく、更には車掌が臨時改札要員として無人駅に派遣される事もあるのだとか。
不正乗車が横行しているんでしょうか?







そんな不穏さとは裏腹に、車窓には長閑な景観が映ります。
2両編成の電車は思いのほかゆったりとした足取りで、田園地帯を進んでいきます。
走行音もおとなしめ。
仮にも国鉄型の抵抗制御車なのだから、もっと豪快に唸ってほしかったですねw





駅舎もなかなか味わい深い物が多いですね。
深溝駅は見たところブロック造りのようです。


阿知須駅


阿知須(あじす)駅まで来ると、いよいよ山口市と宇部市の市境が近づいてきました。
ここで乗客が一気に下車し、車内は大分空いてきました。


床波駅


古めかしい木造建築の床波(とこなみ)駅を過ぎると、・・・





瀬戸内海の西端・周防灘が見えてきました!
本州と四国の間に多数の島々が点在する瀬戸内海にあって、九州とも接する周防灘は島が少なく宇部市内からでは対岸が全く見えません。





常盤~宇部岬間では山口宇部空港の近くを走行。
草江駅を発車してから暫くして徐行運転が続き、15:22に沖宇部踏切で停まってしまいました。
運転士からのアナウンスによれば、次の宇部岬駅で交換する1846M(宇部15:03始発・新山口行き普通列車)が遅延しているため、到着まで待ち合わせるとの事。
いや待て、宇部岬駅まであと600mくらい離れているじゃないか。
まさかこんな場所で踏切を塞いでしまうとは・・・これには踏切待ちのドライバーも困惑でしょう。
結局、沖宇部踏切には5分間も停車し続け、15:27にようやく遮断かんが上がりました。
普通に考えれば宇部岬駅で待ち合わせれば良いだろうという話ですが、自動閉塞の都合で1846Mより先の入線が出来なかったのでしょうか?





宇部岬駅には定刻より3分遅れの15:28に停車し、1846Mと交換。
すぐの発車となりました。
ここも古くて立派な木造駅舎を有していますが、じっくり見る事は叶わず。
まあ定刻通りでも停車時間が短いんですけどね。
ちなみに宇部岬駅からは先述のセントラル硝子宇部工場まで専用線が延びており、廃止後も線路が残されています。





東新川駅・琴芝駅付近から市街地を走行。
段々と工業都市らしい景色になり、部活帰りの高校生も多く乗り込んできました。





定刻より2分遅れの15:35、宇部新川駅に到着。
中心市街地の駅は自治体の名を冠するものと思いがちですが、宇部市の中心部にあるのは宇部駅ではなく当駅と琴芝駅です。
宇部新川駅には小野田線の列車も乗り入れており(実際に分岐するのは居能駅)、4番線には1233M(宇部新川15:39始発・小野田行き普通列車)が停車中。
充当車両は旧型国電を除く国鉄型電車としては貴重な両運転台の123系で、その構造を活かし1両単行で運転されています。
宇部線1847Mからの乗り換え客は意外に少なく、4~5人が見られた程度でした。





定刻通りなら2分間の停車となる1847Mですが、回復運転を鑑みて1分間に短縮。
15:36に宇部新川駅を出発し、留置線の123系を横目に線路を北上していきます。





岩鼻駅を出ると厚東川を渡り、しばらく住宅地を進むと山陽本線に合流。
途中下車は少なく、高校生で賑わう電車は宇部駅へと滑り込みます。





遅れを取り戻し15:46、終点の宇部駅に到着。
乗客がぞろぞろと1番線ホームに降りていきます。
山陽本線に乗り換える客が結構多かったですね。





改札口に自動改札機は導入されておらず、1台のラッチと精算所の間に2本の通路が設けられています。
しかし驚いた事に、ラッチに改札担当の駅員が立つ事はありませんでした。
精算所の駅員も一応は改札業務を担ってはいるものの、何と乗換駅にも拘らずワンオペ状態のため、出札窓口に客が来ると改札が出来ない事態に。
すると下車の客は皆一様に集札箱(本来なら窓口営業時間外の6:50~20:00に使用)や、精算所に置かれたケースに切符を入れていくのでした。
これが動脈路線たる山陽本線の直営駅か・・・と困惑。
他の駅員達は運転本部にでも出払っていたのでしょうか?
私としては営業時間内なのに集札箱を使うのは収まりが悪いので、駅員が応対できるようになるまで待機しました。





いやはや、ラッチが設置されているのに随分と頼りない改札口ですね・・・。

この後は折り返し1848M(宇部15:55始発・宇部新川行き普通列車)に乗って宇部新川駅に引き返し、小野田線の123系に乗ります。
続きは次回で。


※写真は全て2017年7月15日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

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