タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2017-07-06 (Thu) 05:38

日高本線西様似駅 材木置き場と親子岩



日高管内は様似郡様似町西町にある、JR北海道の西様似(にしさまに)駅。
2015年1月に厚賀~大狩部間で高波による土砂災害が発生した影響により、列車代行バスの運行が続く不通区間(鵡川~様似間)に該当します。
国道336号線(襟裳国道)沿いの漁師町から0.4kmほど内陸に入った、閑静な集落に位置しています。
駅周辺には所々で積み重ねた材木が見られ、どうやら林業家が多く暮らす町のようです。
海から少し離れただけでも景色は結構変わりますね。
南東には様似海岸を一望できる観音山やエンルム岬に加え、スケトウダラ・鮭・鱒を中心に多くの魚介類が水揚げされる様似漁港(釣りの名所としても有名)があります。





西様似駅は1937年8月、国鉄日高線浦河~様似間の延伸開業に伴い一般駅として設置されました。
日高線は1943年11月に日高本線へと改称されています。
1977年2月に貨物取扱い・荷物取扱いが廃止され、同時に窓口業務が無人化されましたが運転取扱いを担当する運転主任(民営化後の輸送主任)は引き続き勤務しました。
1986年11月には苫小牧(貨)~様似間の特殊自動閉塞(電子符号照査式)化によってタブレット閉塞の取扱いが終了。
これに伴い運転主任の配置が終了し完全無人化され、同時に交換設備が廃止されています。
1987年4月の分割民営化に伴いJR北海道が継承し、現在は静内駅が管理する無人駅です。

JR北海道 国鉄
JR北海道 国鉄




旧駅舎は1986年11月の完全無人化後に取り壊され、以降はヨ3500形車掌車を転用した貨車駅舎となっています。
2003年8月に様似中学校美術部の手で貨車駅舎にペイントが施され、正面側には虹とロケットを添えた青空、ホーム側にはカモメと風船が舞う夕焼けの空が描かれています。
経年劣化で塗装が薄れつつあるものの、鮮やかで良いイラストだと思いますね。
ちなみに、お隣の鵜苫駅のペイントも様似中学校美術部が手がけています。


西様似駅美化協力者


正面側には集札箱(きっぷ受箱)が設置されています。
先日、荻伏駅と東町駅の集札箱がバス停に移設されたという話を書きましたが、西様似駅についてはよくよく考えると集札箱が設置されていなかったはず。
列車代行バスでは車内での運賃収受が全く実施されていないと言いますし、どうやらバスの運行開始に伴い新設された物のようですね。







待合室の様子。
天井は骨組みが剥き出し、壁にも板の切れ目が見られ、現役の車掌車だった頃の雰囲気が強く感じられます。
緑色のベンチが1脚だけ置かれており、クッションが置かれていますが全体的に室内は簡素。
駅ノートもありませんでしたね。







1面1線の単式ホーム。
全長は20m車3両分ほどです。
交換設備が運用されていた頃は1面2線の島式ホームで、駅舎側は上り列車(静内・苫小牧方面)、反対側は下り列車(様似方面)が使用していました。
急行えりもが運行されていた頃はタブレット通過授受も見られました。






駅舎はホームの西側(静内・苫小牧方)にあります。
旧駅舎が健在の頃は、こちら側に構内踏切が設けられていたのでしょう。





駅舎の近くには「指差称呼確認」の看板が残されています。
駅員が勤務し、駅輸送業務(運転取扱い業務)が実施されていた頃の名残ですね。
こうした有人駅時代を偲ぶ物が無人駅に残されているのは、個人的に嬉しい限り。
勇払駅の「タシカニ」も見物ですよ。







ホーム上の駅名標と名所案内。







駅前には材木置き場が広がっています。
貨物取扱いが実施されていた頃は、西様似駅で貨物列車に木材を積んでいたのでしょうね。





駅から南下し太平洋に出ると、「親子岩」と呼ばれる奇岩が佇んでいます
父母と子が並んでいるかのような姿が印象的です。


※写真は全て2017年7月1日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)


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最終更新日 : 2019-07-02

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