タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2017-02-15 (Wed) 00:18

鉄道書籍紹介 坂本衛・著『車掌マル真乗務手帳』



筋金入りの鉄道ファンにして、元・国鉄大阪車掌区車掌長の坂本衛さんが車掌という仕事の大変さ・面白みに触れた2冊の著書。
前回記事で取り上げた『車掌マル裏乗務手帳』(1998年/山海堂・刊)から2年、続編として執筆されたのが今回紹介する『車掌マル真乗務手帳』(2000年/山海堂・刊)です。
表紙には特急・急行に乗務する車掌長・客扱専務車掌(カレチ)が、10月25日~4月30日に着用したダブルスーツの冬服が誇らしげに写っています。
腹部には司法巡査の徽章も付いていますね。
車掌の司法巡査指定は長距離列車における犯罪の抑止力となっていましたが、分割民営化を機に解除されてしまいました。
本物の司法巡査の徽章は紛失すると厳しい罰則が科せられたので、坂本さんは都内の記章屋で購入した模造品を付けて乗務したのだそうです。
JR西日本 東海道本線 大阪環状線 湖西線 山陽本線 北陸本線 国鉄 宇野線 JR東海
信越本線 羽越本線 JR東日本 鹿児島本線 日豊本線 佐世保線 長崎本線 JR九州 JR東日本
前作『車掌マル裏乗務手帳』では年功序列が厳しい車掌区の職場環境にまつわる風習や、車内での接客に関する様々なエピソード、乗務員生活の過酷さ等、数多くの貴重な話が披露されていました。
今作『車掌マル真乗務手帳』の「まえがき」には、留萌本線沿線が舞台となったNHK連続テレビ小説「すずらん」や、根室本線幾寅駅をロケ地に映画化された「鉄道員(ぽっぽや)」を引き合いに出しつつ、続編を書く事になった経緯が記されています。

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 一昨年から昨年にかけて、NHKの連続テレビドラマ「すずらん」が放映され、直木賞受賞の浅田次郎著「鉄道員」が映画化されるなど、このところちょっとした鉄道員ブームを呈した感があるが、鉄道員なんてそんなに人々を感動させるようなカッコイイ職業でもなければ、キレイごとの職場でもない。薄給に甘んじ、食うのに精一杯。毎日事故と隣り合わせの生活。人間の生理を無視した徹夜の過酷な勤務スケジュール。率直にいって、いちいち責任感に身を引き締め、些細なことにも責任を感じていては、身に覚えのない責任までおっかぶされてしまう。ここはどう責任を回避して身に降りかかる火の粉を振り払うか。いかに健康管理に気を配って定年まで身を持たせるか。自分のためにも家族を守るためにも必死の毎日である。

・・・(中略)・・・

 友人の1人がいうには、「『すずらん』や『鉄道員』はしょせんドラマの世界でしかないですよねぇ。読者や観客に感動を与えた『鉄道員』が直木賞なら、車掌の、国鉄の実態をホンネでとらえたあんたの『車掌裏・・・』は、ありゃことによるとノーベル文学賞モンでっせ」。もちろんこれは冗談だが、でも彼がお世辞半分、いや1億分の1のホンネでいってくれたにしてもうれしいじゃありませんか。
 豚もおだてりゃ木に登る。再び原稿用紙に向かうことになったのである。

(p.3~5より一部抜粋)
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今回も創作では味わえない、数々の泥臭い実話が1冊に詰め込まれています。
前作は接客に関する話が多めでしたが、今作は基本動作・運転取扱いに関する話が盛り込まれていますね。
例えば・・・

・点呼前の乗務準備手順
・ホーム上における出発信号機の見方
・オーバーランを予測した運転士からのブザー合図と停止位置是正の対応
・列車火災の対応における事例

特に肝になっているのは、「車掌の真価が問われるのは接客ではなく事故処置」という考え方です。
事故処置は教習所の新任者教育において、最も時間を割いて叩き込まれる内容。
車内放送が上手くても、他の車掌に比べて車補の発行が多くても、事故発生時に冷静さを失い的確な対応ができないようでは車掌失格という訳です。
それを踏まえて、本書では列車防護のシミュレーションも明確に記されています。
どんな惨状であっても「冷血動物にでもなったつもりで」事故処置を行わなければならないところに、車掌という仕事の難しさが凝縮されているんですね。

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 聞いただけで目を覆いたくなるような惨状を想像するが、教習所での新任教育はもちろんのこと、車掌になって現場に配属されてからもこういった事故を想定して、繰り返し繰り返しその処置法が教育されるのである。だが、事故はマニュアル通りに起こるとはかぎらない。そんなときはどう判断するのか。これには「安全綱領」というものがあって、それの第5項には次のように定められている。
「疑わしいときは手落ちなく考えて、最も安全と認められるみちをとらなければならない」
 なるほどごもっともな規定だが、車掌としては精一杯考えて「あの場合はこの処置しかなかった」と思っても、死傷者が出れば結果として責任を問われることになる。まあ、車掌にかぎらず、乗務員というのは本当にわりに合わない職業である。

(p.50~51より抜粋)
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そして本書では皮肉な事に、「手順どおりの対応は危険」と判断し、マニュアルを無視した対応をとった事により被害が最小限に食い止められた事例が取り上げられています。
しかし、この事例を教訓と受け止めなかった国鉄幹部の怠慢によりマニュアルが改訂される事はなく、3年後に大勢の死傷者を出す大惨事が起きる要因となったのだそうです・・・。
当時の国鉄は全国30万人の職員が務める巨大な組織。
それゆえ現場と非現業の間では認識に大きな差が生じていたようですね。
また、車掌の対応ひとつで裁判沙汰になった事例も紹介されています。
一挙手一投足に重大なプレッシャーがのしかかる中で、列車が動いているのだという事実を垣間見る思いです。


平常時の基本動作については「信号よし」「時機よし」といった、JR西日本にも引き継がれている指差喚呼が紹介されています。
そういえばJR西日本の車掌は停車寸前に車両側面を見て「列車状態よし」と喚呼していますが、あれも国鉄時代の呼称ですよね。
本書の刊行当時は起動直後の「列車状態よし」も実施されていましたが(※「ホームよし」とは別の喚呼)、これも国鉄時代からの基本動作だと聞いた事があります。
他のJR各社に比べると、車掌の基本動作については国鉄の面影が色濃く見受けられるようです。
しかし、坂本さんの現役時代に比べるとやはり基本動作に明確な違いが見られ、本書にて一例が示されています。

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 電車がホームに到着したら、車掌スイッチを押し上げてドアを開ける。そのタイミングについては、「電車が停止する寸前にスイッチを扱い、ドアが開き終わって乗客がホームに足を踏み出した瞬間にピタッと停止するのが上手なドア扱いだ」と私は教習所で習ったが、今はどうも違うらしい。見ていると、電車が完全に停止してから「停止位置よし」と確認してスイッチを扱っている。安全第一の見方からすればそれでよいのだが、昔のドア扱いに慣れている私にはまだるっこしくてしかたがない。その差は時間にして3秒ぐらい。でも10駅走れば30秒にもなる。ま、そんなに急ぐことはないか。

(p.23より抜粋)
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停止寸前での開扉は、国鉄時代の特色として引き合いに出される事が多いですね。
坂本さんが普通車掌をされていた頃(1960~1968年)は高度経済成長の真っ只中で、首都圏・京阪神の通勤ラッシュが熾烈さを増していった時代。
輸送力増強が進められる中で徹底した定時運転が求められたものですから、なるべく停車時間を延ばさないためにはこのようなドア扱いになるのが必然だったのでしょう。
実はこのドア操作、3路線全てツーマン運転だった10年ほど前の札幌市営地下鉄でも罷り通っていまして、当時でも「危なっかしい」と思っていました。
今でも路線バスで、停車する寸前に中ドアを開ける運転手に出くわす事がありますね。


職場の人間関係についても、その面倒臭さが赤裸々に綴られています。
分割民営化から30年の歳月が経った今でも、単一労働組合となったJR四国を除いて複数の労組が対立を続けるJRグループ。
車掌区の自治会役員を務めた事があるという坂本さんも案の定、国労(国鉄労働組合)と鉄労(鉄道労働組合)、2つの労働組合の板ばさみにあい心労が絶えなかったそうです。

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 当時、特急列車には3人の車掌が乗務していた。こんなときどちらかの組合員でそろっている場合はよいが、当然国労組合員が2人に鉄労組合員が1人、またはその逆の場合もある。そこは、ま、大人だから、仕事がスムーズに運ぶように取りつくろっているのだが、ときに個性の強い人同士が乗り合わせるとそれが表面化することもある。
 大阪車掌区では先輩のIさんOさん、後輩のWクンが超個性派だった。所属組合も違う。あるときかなり長い期間にわたって、月に一度の新潟行き「雷鳥」号がこの超個性派トリオの乗り組みだった。みんな「あの3人、どんな顔をして仕事してるんやろ。よくあれで電車が前に進むなあ」と心配したものだが、聞くところによると、9輌編成を完全に3等分して、互いにいっさい干渉なし、出先での食事も三者三様の別行動、乗泊でも口もきかずに互いに背を向けて寝ていたそうだ。

(p.174~175)
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7日間ストライキも起こした急進派の国労と、労使協調路線を旗印に掲げる穏健派の鉄労。
主義主張の異なる組合ですが、分割民営化後に鉄道労連を脱退した鉄労と国労穏健派・鉄産労が手を組み、JR連合を結成しようとは当時は思いもよらなかったでしょうね。


本書は他にも・・・

・旧型国電に乗務する車掌達が抱えていた、とある甚大な健康リスク
・車掌が基本動作を徹底しているか審査するため、駅で待ち構える指導員を「幽霊」と呼んでいた話
・青森から都城まで日本列島を縦断した、大阪車掌区カレチの拘束時間が長い行路(最長4日間)
・指定席の着席状況を座席整理表に記す方法
・「まくる」「めくる」と表現された自由席での車内改札
・乗客の怒りを治める“1時間59分遅れ”の対応方法
・大阪万博に先駆けて車掌区に配布された英語テキスト「RAILWAY ENGLISH CONVERSATION」
・粗暴な酔っ払い男を退治した話
・寝台のカーテンから「助けてください」と書かれたメモを渡されて背筋が凍った話
・車内で窃盗犯を逮捕し、駅で鉄道公安官に引き継ぐまでの身が震える思い(車掌も犯人も)
・行路によっては1年以上も会えない同僚がいる
・昇進に有利だった“国鉄一家”
・国鉄が設けていた職員による提案制度

・・・等々、前作に引けを取らずバリエーションに富んだ内容となっています。

巻末では「Y君の退職」と題し、坂本さんと同様に助役補佐に昇進したものの、結局は車掌に戻った“3代目出戻り車掌”の最後の乗務に立ち会った様子が綴られています。
このYさんは助役補佐を5年間続けたものの、「鉄道会社にしかない乗務員という仕事がしたい」という自分の気持ちを変える事が出来なかったそうです。
分割民営化後はJR西日本に採用され、引き続き大阪車掌区で車掌を続けたYさん。
暫くして駅・車掌区・運転区・保線区・建築区・電気区の区別なく、全社員をセールスマンと位置づけたレインボーオペレーションが制定され、ノルマを課せられた激動の中を生き抜いてきたのだそうです。
レインボーオペレーションは日本郵便に代表される“自爆営業”の一つとして数えられている制度ですね。
JR西日本では2000年に大々的な職制の改正を行い、主任の役職が廃止されるなど従来の年功序列から実力主義への転換が図られました(※現行の専門主任・技術主任は2008年導入の専門職制度に基づく)。
それに先駆け1990年代にレインボーオペレーションが開始され、1人当たり年間40万円のノルマを背負い、社員が旅行商品・切符の販売に奔走する事になったという訳です。
本書は国鉄時代の実話に加え、更に過酷になった民営化後の職場についても言及されており、最後まで読み応えのある1冊だと思います。
こちらも『車掌マル裏乗務手帳』と同じく絶版になっているのですが、新書化はされていないようです。
興味のある方は古書店で探してみて下さい。


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)

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最終更新日 : 2019-07-02

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