タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2017-02-10 (Fri) 07:34

鉄道書籍紹介 坂本衛・著『車掌マル裏乗務手帳』



どうも、ご無沙汰しております。
複数名で運営している当ブログ、私の執筆としては約2週間ぶりの投稿となります。
仕事に必要なとある資格試験の受験日が近づいていまして、勉強に集中するあまりOB会ブログに手を付ける事を忘れていました。
年を追うごとに実感しますが、やはり生涯勉強ですよねえ。
複数名・・・といえば、以前に読者様からのコメントで「札学鉄研OB会さん」と呼びかけられた事があるのですが、執筆者個人にコメントされたいのであれば各会員のハンドルネームでお呼び頂けると幸いです。
ハンドルネームは記事本文の最後に明記していますので、そちらをご確認の上でコメントをご記入下さい。

さて、ルーマニアのジプシーバンド、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス(Taraf de Haidouks)の「Tot Taraful」でも聴きながら、今回は2冊の鉄道書籍を紹介したいと思います。
本のタイトルは『車掌マル裏乗務手帳』、『車掌マル真乗務手帳』。
著者は国鉄大阪鉄道管理局(現・JR西日本近畿統括本部)の大阪車掌区で27年に渡り車掌を務めた坂本衛(さかもと・まもる)さんです。
坂本さんは大阪府吹田市出身の1935年生まれで、国鉄に就職したのは1953年。
操車場の雑役係や踏切警手、駅員を経て、1960年より車掌として大阪車掌区に従事し、客扱専務車掌(カレチ)、車掌長を経験されました。
国鉄時代の大阪車掌区は青森、新潟、東京、宇野、出雲市、下関、佐世保、長崎、大分、都城、西鹿児島・・・と北海道と四国を除く日本列島を駆け巡った花形車掌区。
分割民営化後も緑色の制服がトレードマークのトワイライトエクスプレス担当チームが設けられ、強い存在感を放ってきた車掌区です。
坂本さんも特急・急行に乗務するようになってからは、車掌として全国各地を周っていました。

また、坂本さんは筋金入りの鉄道ファンでもあり、特に10代の頃から始めたという鉄道模型の製作がライフワークになっています。
趣味が高じて国鉄勤務の傍ら月刊誌『鉄道模型趣味』(機芸出版社・刊)に、20年に渡って鉄道模型・ジオラマの制作記や鉄道施設の解説を執筆されてきました。
坂本さんお手製の「摂津鉄道」、「蔵本村」はご存知の方も多いのではないでしょうか。
鉄道以外では温泉巡りと野球、サッカー観戦がお好きなようでして、特に温泉については月刊誌『旅』(JTB・刊)に数々のコラムを執筆された他、自著『超秘湯に入ろう!』(2003年/筑摩書房・刊)も出版されています。
なお、同姓同名のジャーナリストがいますが、一切関係ありません。

分割民営化を間近に控えた1987年3月、雇用をめぐり職員の間で小競り合いが繰り広げられる中、「後輩のために席を譲る」と52歳で国鉄を自主退職された坂本さん。
退職後4ヶ月間はアルバイトを転々としてから、模型のノウハウが活きる会社に転職し1999年まで勤め上げています。
ご自身の車掌という職種に対する思い入れは、国鉄の退職後に執筆された2冊の書籍において如実に記されています。
『車掌マル裏乗務手帳』、『車掌マル真乗務手帳』は、坂本さんの体験談や職場の同僚から聞いた話を元に、車掌の仕事における様々な苦難とやりがいに触れるものです。    JR北海道
JR西日本 東海道本線 大阪環状線 湖西線 山陽本線 北陸本線 国鉄 宇野線 JR東海
信越本線 羽越本線 JR東日本 鹿児島本線 日豊本線 佐世保線 長崎本線 JR九州 JR東日本
では1冊目の『車掌マル裏乗務手帳』(1998年/山海堂・刊)について紹介しましょう。
この本は鉄道模型雑誌『とれいん』(エリエイ出版部・刊)にて1994~1996年に連載された、「乗務中異常あり」を全面的に改稿し加筆したものです。
本書の「まえがき」では坂本さんが吹田の農家に4人兄弟の末っ子として生まれ育ち、町工場で働きながら定時制高校に通った後、18歳で臨時雇いとして国鉄に入社し、吹田操車場の雑役係からキャリアが始まった事が克明に記されています。
この頃はネクラな少年だったという坂本さんですが、やがて正職員となり入社6年目で車掌に転身してからは性格がすっかり変わってしまったといいます。

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 聖徳太子は一度に10人もの人と対話ができたといわれているが、車掌もひとたび事故に遭遇すれば、それこそ母親が心配したように200人も300人もの乗客から非難の集中砲火を浴びる。車内のパニックを鎮めるためにはあの手この手のテクニックが必要となる。正直な話、嘘も方便ということもあるし、車内の無法者には居丈高に出て、相手の口を封じることもある。接客業といっても笑顔で愛想を振りまいていれば、それで満足してもらえるようなチョロイ仕事ではない。しかも車掌は単独業務だ。上司の判断を仰ぐわけにはいかない。適切な判断力と機転と説得力がものを言う。それに多少人を喰ったような茶目っ気と、時と場合によっては悪知恵も働かなくては勤まらない。かつてのネクラ少年が、よくここまでやってこれたものだと今さらながら胸をなで下ろすこともある。

(p.6より抜粋)
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それだけ、一筋縄ではいかない大変な経験を積まれてきたようです。

では、本編を見ていきましょう。
まず最初に読者が目にするのは国鉄職員の大まかな職制。
当時の国鉄はJRや私鉄・公営交通機関とは異なり、運輸・営業系職場の車掌技術系職場の運転士・機関士とで採用が完全に分けられていた事は鉄道ファンにはよく知られた話でしょう。
まさしくその辺りの大まかな内容が解説されています。
今のJRみたいな駅員→車掌→運転士というキャリアパス(JR北海道のドライバーコースなら駅員〔半年間のみ〕→運転士)ではなく、駅員・踏切警手等→車掌検修員・庫内手等→機関士・電車運転士・気動車運転士という職制だったんですね。
もちろん、ここで取り上げられている職制は管理局採用の一般現業職員に限った話でしょうから、幹部候補生の本社採用(今で言う総合職)だと現場教育でいきなり車掌に・・・という事もあったでしょうね。

鉄道の正式用語と符丁、慣用語に関する解説も為されています。
坂本さんは非鉄の読者にも配慮してなるべく専門用語の使用を避けるよう、本書の執筆で心がけていらっしゃるそうですが、「鉄道用語には大変興味深いものもある」として数々の用語を取り上げています。
例えばこんな具合に・・・

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【レチ】車掌のこと。明治45年、特急列車の登場とともに、列車の総監督として列車長制度ができた。これは大正8年に廃止になったが、その列車長の業務を引き継いだことにより、レッシャチョウの略称であるレチは車掌の電報略号として使われるようになった。
【カレチ】特急・急行に乗務する、主として客扱業務のみを行う、客扱専務車掌のこと。カはリョカク(旅客)のカ。また、後輩に仕事を押しつけて、自分はなんにもしない先輩を「なんにもセンム」と言った。これはジョークだが。
【ニレチ】荷物車に乗務し、荷物積卸しの事務を行う荷扱専務車掌のことをいう。ニはもちろんニモツ(荷物)のニ。

・・・(中略)・・・

【ジョウハク】乗泊。乗務員宿泊所。
【オコシバン】起こし番。乗泊に勤務し、定められた時間にベッドに寝ている乗務員を起こしてまわる人。

・・・(中略)・・・

【キカンシコンジョウ】機関士根性。機関士が自分のミスで列車を遅らせた場合は、できるだけスピードを上げて早く定時運転に戻そうとする。ところが車掌のミスで遅れた場合は、いつまでもダラダラ運転してなかなか戻してくれない。「機関士の根性ワル」とぼやきたくもなる。これを車掌から見た機関士根性という。
【シャショウコンジョウ】車掌根性。車掌は無礼旅客や不正旅客を、草の根を分けても見つけだして運賃料金を徴収しようという心理が働く。これを車掌根性という。

(p.43~50より一部抜粋)
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レチ・カレチ・ニレチといった鉄道ファンにも馴染み深い電略から、機関士根性・車掌根性などなど、現場で使われていた慣用語まで幅広く取り上げられています。
機関士根性は池田邦彦さんの漫画『カレチ』(モーニングコミックス)でも題材にされた言葉ですね。
昔の機関士はプライドの高い人が多かったという話はしばしば耳にします。
“鬼の動労”こと国鉄動力車労働組合が結成されたのも、機関士達が持つ「我々は駅員や車掌より格上」という自意識の高さによるものと言われていますよね。
車掌に嫌がらせがしたいために乗客の都合を無視して低速運転するなんて、たまったものではありません・・・。

一方、車掌根性については、それにまつわるエピソードが本書で紹介されています。
小学生の子供を幼児と申告して小児運賃を誤魔化そうとする母親との攻防戦、客室で横柄に振舞うヤクザ達に乗り遅れ特急券の無効を指摘する一触即発な事態・・・。
「正当旅客に損をさせない、チャッカリ客に得をさせない」という正義感を胸に、どんな相手であろうと立ち向かう坂本さんの姿勢は見事なものです。

他にも様々な話が書かれており、個人的に特に興味深かったもの、面白かったものを列挙すると・・・

・年功序列が厳しい職場環境ゆえの“きたない行路”と“きれいな行路”
・これまた年功序列ゆえ、若い普通車掌が乗務する貨物列車の緩急車は決まってオンボロで、すきま風が酷いものだから誰が言ったか“寒泣車”
・そもそも貨物列車の乗務は事故が起きない限り何もする事がなく、あまりにヒマなのも辛過ぎるという話(荷物車のニレチ・乗務掛は逆に肉体労働で大忙し)
・明らかにニレチ向きの見た目なのに、何故かカレチに抜擢されたT先輩
・助役に指名されて助役補佐に昇進した坂本さん、しかし出世街道も束の間、デスクワークに嫌気が差して僅か半年で車掌に出戻り
・倹約家のK先輩と食堂車に行くと食べさせられる“恐怖のK定食”
・酔っ払った乗客のおばさんに「私を抱いて」と言われ追いかけられた話
・乗客の無理難題に対抗するための一芝居
・寝台特急の団体客にカラオケを強要された時のヤケクソぶり
・1970年代のSLブームで大量発生した“にわか鉄道マニア”に対する坂本さんの憂鬱
・説明相手を納得させる大きな武器は“年の功”
・車内で電報を受け付けていた頃、ある地方の人々に見られた衝撃的な文章の特徴
・乗務先での不倫が元で人生が狂ったK君
・乗務員宿泊所の窓が振動するほど凄まじいイビキをかくY先輩
・青森から都城(みやこのじょう)までカバーした乗務範囲を利用し、日本列島津々浦々を買出しに走ったオイルショックの頃
・垂れ流しトイレの災難
・宿泊先でネクタイを紛失したF君が取った、驚きの制服不備対策
・乗務員室でも料理が出来てしまう目から鱗の話
・寝坊して慌てて宿泊所を出て、上半身裸のままホームに立ち「信号よーし」と指差喚呼した車掌
・暖房調整に手間がかかり過ぎた12系客車時代の急行きたぐに

・・・このように、ほんの短い一文で示してもアクの強い内容だと思いませんか?
極めつけは機関士との無線連絡の実例。
「これでよく怒られなかったな」という可笑しな内容なので下記に抜粋しましょう。

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 一部の例外を除いて、車掌は列車の始発から終着まで通して乗務する。「日本海」号なら大阪から青森まで、「彗星」号なら新大阪から都城まで。ところが機関士は150㌔前後、時間にして2時間ぐらいで交代して、地元の機関士が乗務する。だから秋田あたりまで来ると、無線機から東北弁の音声が聞こえてくる。
 あるとき、ひょうきんなK君が、「先輩、こちらも津軽弁で出発合図をしてみようか。列車は出るかなあ」という。
 「オイ、やめとけよ。大阪の車掌が津軽弁をまねているとわかったら怒りよるぞ」
 「大丈夫ですって」
 そういえばK君は詰所でもよくふざけて津軽弁でしゃべっていた。実にうまいもんだ。
 秋田駅発車のとき、K君は無線機のマイクをとって、「ヨンセンイツレッサキカンス、コツラ、ヨンセンイツレッササソーデス。オートードンゾ」とやった。
 「ハイ、コツラヨンセンイツレッサキカンスデス、ドンゾ」
 K君は親指と人差し指で輪を作ってOKのサイン。こちらを見てニヤッと笑っている。
 「ヨンセンイツレッサ、ハッサー」
 前のほうで、「ピーッ」と汽笛が鳴って、4001列車は秋田駅を発車した。「やった、やった」とK君は大喜び。

(p.77~78より抜粋)
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ただただ仕事の辛さを淡々と記しているのではなく、こんな笑い話もふんだんに盛り込まれた本となっています。
そして最終章は1987年3月24日、坂本車掌が最終乗務に臨んだ特急雷鳥18号の思い出話が綴られています。
現在は絶版となっている本書ですが、内容に加筆・修正を加えた新書『昭和の車掌奮闘記―列車の中の昭和ニッポン史』(2009年/交通新聞社・刊)は現在も発売中です。
貴重な話が目白押しですので、興味のある方は是非ともご一読下さい。


思いのほか文章が長くなったので、2冊目の『車掌マル真乗務手帳』は次回記事で紹介しましょう。


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)

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最終更新日 : 2019-07-02

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