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2016-09-12 (Mon) 19:44

宗谷本線塩狩駅 鉄道史に残る殉職事故の現場



上川管内は上川郡和寒町字塩狩にある、JR北海道の塩狩(しおかり)駅。
宗谷本線蘭留~和寒間に当たる塩狩峠の頂上に設けられた交換駅です。
国道40号線(名寄国道)から外れた山林に立地し、周辺地域は民家が僅かに建つ程度で集落と呼べるものはありません。
1919年9月、鉄道院時代の宗谷線に塩狩信号所として設置されました。
宗谷線は1919年10月に宗谷本線へ、塩狩信号所は鉄道省移管後の1922年4月に塩狩信号場へと改称。
1924年11月には塩狩駅に昇格され、同時に旅客・荷物の取扱いが開始、続いて1927年9月には貨物取扱いも開始されました。
しかし、1974年10月に貨物取扱い、1984年2月に荷物取扱いが廃止され、1984年11月には出札・改札業務が停止されました。
その後も連査閉塞の操作・管理を行うため運転取扱い駅員(運転主任)が引き続き配置されましたが、1986年11月に永山~南稚内間が電子閉塞化された事により完全無人駅となりました。
1987年4月の分割民営化に伴いJR北海道へ継承され、現在は永山駅が管理しています。
停車する列車は快速なよろ1往復と普通列車です。

JR北海道 国鉄
JR北海道 国鉄


駅舎は古い木造の平屋で、道路の行き止まりに建っています。
向かって左手に改札口が設けられており、右手にある裏口のようなドアが待合室の玄関です。
駅舎の手前に建つ小さな小屋はトイレですね。

JR北海道 国鉄
JR北海道 国鉄


左右のラッチが大きく離れており、見るからに頼りなさげな改札口。





改札口のすぐ傍にホームへ降りる階段があります。
駅舎の左にあるドアは事務室、右のドアは待合室の通用口です。





庇の柱に付いている駅名看板。
「塩狩駅」の3文字が彫られています。







待合室の様子。
外観は平屋の割に大きめな印象ですが、待合室はさほど広くありません。
壁にはJR北海道の安全啓蒙ポスターに加え、和寒町の観光PRポスターが貼られていました。





案の定、板で封じられている小手荷物窓口と出札窓口。







2面2線の千鳥式ホーム。
駅舎側が1番線、反対側が2番線で、どちらも有効長は20m車3両分ほどです。
2本の線路が結構離れており、昔は中間にも1本の待避線が敷かれていました。
上下線とも基本的に1番線の発着となりますが、交換や待避の際には2番線も使用されます。





ホーム上の停止位置目標は1~3両編成の分が用意されています。
ただし、1番線のみ特急列車が走行する本線となるため、信号待ちの便宜を考慮しホームの外に4~6両編成の停止位置目標も設置されています。





両ホームの行き来には構内踏切を使用します。
遮断機と警報機が完備され、敷板も設置されています。





2番線のすぐそばには桜の名所・塩狩峠を象徴する「塩狩峠一目千本桜」があります。
これは1978年から、和寒町と国鉄旭川鉄道管理局などが植樹を続けて作り上げた桜並木です。
峠一面を彩る1,600本ものエゾヤマザクラを堪能できるのは、宗谷本線の特権でしょう。
例年5月中旬には花見客向けに、事前申込み制の臨時列車「塩狩峠さくらノロッコ号」が運行されています。





さて、宗谷本線の前身である北海道官設鉄道天塩線蘭留~和寒間が開業し、塩狩峠を列車が行き来するようになったのは1899年11月の事。
急勾配が続き、同線最大の難所として知られるこの峠では1909年2月、1人の国鉄職員が殉職する事故が発生しました。
名寄から旭川へ向かう列車が峠越えに挑んだ時、最後尾の連結器が外れて1両の客車が逆走を始めました。
乗客が恐怖に陥る中、出張先から帰る途中で乗り合わせたという鉄道院旭川運輸事務庶務掛の長野政雄氏が、客車を停めようとブレーキハンドルを懸命に回したそうです。
しかし、客車は停まるどころか暴走を続け、脱線事故という最悪の結果が思い浮かばれましたが・・・





長野氏は自らの身を投じ、車輪の下敷きとなって客車を停めたのです。
1人の鉄道職員の殉職と引き換えに、多くの乗客の命が救われたのでした。
生前の長野氏はクリスチャンだったそうで、塩狩駅の近くには旭川六条教会ヘルモン会により「長野政雄記念碑」が建立され、訪問者に感想を募るポストが置かれています。





記念碑の裏には、長野氏の献身を讃える文章が記されています。





殉職事故から10年後に塩狩信号所が設置され、現在の塩狩駅となりました。
記念碑は宗谷本線の線路を向くように設置されています。
長野氏は今もなお、塩狩峠の列車を見守り続けているのかも知れません。





順序が前後して恐縮ですが、待合室にも長野政雄氏を讃える詩歌の数々が展示されています。





駅舎近くの高台にある塩狩峠記念館。
この建物はかつて、旭川市内に所在した作家・三浦綾子先生の旧宅を移築したものです。
不朽の名作『氷点』で知られ、私のように十勝に縁のある人間にとっては洋菓子「三方六」への寄稿でもお馴染みの三浦先生は、長野政雄氏の殉職事故を題材に小説『塩狩峠』を執筆しています。
『塩狩峠』は国鉄の撮影協力を得て1973年に松竹にて映画化されているのですが、長野氏と同じクリスチャンであった三浦先生は伝道映画として制作するよう熱望したのだそうです。
そして放映が始まるや、伝道映画としては異例の観客動員となり、今も感動巨編として支持を得ています。
塩狩峠記念館の開館時間は10:00~16:30(月曜休館)で、訪問当時は9時過ぎだったのですが、居合わせた管理人さんのご厚意により早めに見学させて頂けました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げます。





駅前には「塩狩ヒュッテ」というユースホステルも建っています。
その昔、塩狩駅の周辺は塩狩温泉として賑わっており、往事に思いを馳せる経営者ご夫妻は「ここに再び明かりを灯したい」との思いから、ユースホステルを開業したのだそうです。
すぐ横を宗谷本線の列車が通る宿・・・静寂の森の中、汽笛の音を聴きながら一夜を過ごすのも良いかもしれません。


※写真は全て2016年9月2日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)

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最終更新日 : 2019-07-02

No title * by 狛三郎
こんばんは。
「塩狩峠」は読みました。
涙なしには読めなかったですね~。
中学生の時に読書感想文を書いて、何かの賞をいただいたこともある、私にとっては思い出の作品です。

それにしても、この駅もそうそう長くないのかもしれません。今般、朝日新聞デジタル版などで報道されていましたが、JR北海道がまたしても、1日の乗降客が1人以下の46駅について来春をもって廃止方針だそうです。確定はしていないようですが。
塩狩も「1人以下」なのだそうで、そうすると小説の舞台となった駅が地図から消えてしまうことになりそうです。

駅もそうですが、報道に接していると、JR北海道自体もかなり厳しい経営状況らしいのがうかがい知れます。
まあそうでしょうね。
元々人口密度が希薄で、札幌周辺を除けば概ね過疎化が進んでおり、ひどい場合駅前には廃屋しかないこともあります。
人口が少ない、つまり運賃収入が少ないのに、土地が広大な上に寒冷地で、列車の本数が少なかろうが除雪費用などは一定以上かかってしまいます。
何となく、今のうちに乗っておかないと、二度と会えなくなる線路がまだたくさん出て来そうな気がしま

No title * by 札学鉄研OB会
>狛三郎さん

廃止が決まっている留萌本線増毛~留萌間の5駅を加えると、51駅が廃止方針という事になりますね。
中でも(いくら利用が少ないとはいえ)美々駅の廃止決定が衝撃的で、遂に札幌より50km圏内でも駅が消滅するかという思いです。

ただし、51駅全てを2017年春に廃止すると確定した訳ではなく、今のところ自治体にはっきりと廃止が打診されているのは17駅です。
特に、51駅の中に入っている南美深駅については市街地に近いという事もあり、美深町が維持管理費を負担して存続する意向を見せています。

塩狩駅についても先日、『塩狩峠』の雑誌連載開始から50年を迎えた事を記念して団体臨時列車「塩狩峠号」が運転される等のイベントが開催されたばかりです。
地元・和寒町が「三浦文学で町おこしをしよう」と躍起になっている状況ですから、重要な観光資源として小幌駅のように存続しようという動きも起こるかも知れません。
北海道のみならず、日本の鉄道史を語る上でも重要な場所だと思いますので、何とか存続される事を祈るばかりです。

(叡電デナ22@札幌市在住)

No title * by 狛三郎
こんばんは。
返信ありがとうございます。
別掲していただきましたが、美々は廃止が決まったようですね。複線電化の線上にある駅の廃止など極めて珍しいでしょう。実は昨冬降りたことがあるのですが、駅前に民家が1軒だけあり、ほかは何にもないところでした。場所柄、飛行機の機影と爆音だけはたくさんありました。

それにしても、JR北海道が、新幹線開業を除けばただただ「ジリ貧」なのが気になります。乗客が少ないから、車両が老朽化したから、と駅や列車本数を削ってばかりです。しかも、札沼線の末端部のように「生煮え」に見えることもある。1往復なら利用しづらいことこの上ない一方、1往復だからと言って線路保守の手間が比例して省けるわけではないだろうに。
この点、かつて廃園危機だった旭山動物園が全国屈指の人気動物園になった、というほどではなくても、何か一工夫できたように思わないではないです。
車窓風景自体が売りになるところはたくさんあるし。
ただ、人口減に関する限り、手の施しようがないほど進行している、ということなのかもしれませんね。

No title * by 札学鉄研OB会
>狛三郎さん

三島会社のうち、JR九州は赤字路線が多い一方で魅力的な列車を多く生み出し集客に繋げており、副業が好調な事もあって今月25日に東証一部への上場が実現します。
JR四国も土佐くろしお鉄道に転換した中村線を除いて廃止になった鉄道路線は一切無く、「伊予灘ものがたり」に代表されるように沿線との協力による需要拡大に積極的です。

そんな状況ですからJR北海道は尚更、後手に回っている感がありますね。
需要増に繋げるどころか、沿線の反対を押し切りSL函館大沼号やSLニセコ号といった観光列車を廃止してしまいました。
新たな工夫をするというよりも、先人が培ってきた工夫をかなぐり捨てています。
函館近郊は北海道新幹線の開業で観光客が増加しましたし、ニセコ・倶知安も地価が連続上昇するほど外国人移住も進んでいるので、実に勿体無い事をしたと思います。

(叡電デナ22@札幌市在住)

No title * by 札学鉄研OB会
>狛三郎さん

札沼線の末端区間にしても、余計に地元住民が使いづらいダイヤになりましたよね。
「乗客が少ないから」と大義名分を掲げていますが、むしろ余計に減らすような真似をしているとしか思えません。
一方で日本で一番早い最終列車に乗る鉄道ファンが殺到し、新十津川駅が賑わいを見せていますがそれも僅か12分間の事。
ほとんどの同業者は乗ってきた車両で帰ってしまうので、地元に落ちていくお金も無し。
以前の3往復だったら「物産館にでも言ってみようか」という心の余裕が出来たものですが。

宗谷本線でも、幌延町から豊富高校に通う生徒達が通学時間帯に利用できる列車が無くなってしまい、同時間帯に走っているバスも無いため、町役場のクルマが暫定的に送迎を続けている状況です。
2016年3月のダイヤ改正に先駆け、島田社長は「通学時間帯に影響の出ない範囲で減便する」と説明していましたが、実際には不便を強いる事になっています。
沿線自治体ともしっかりした協議をしないまま減便を行った事が見て取れます。
もはやJRと沿線の関係はウインウインではないですね。

(叡電デナ22@札幌市在住)

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こんばんは。
「塩狩峠」は読みました。
涙なしには読めなかったですね~。
中学生の時に読書感想文を書いて、何かの賞をいただいたこともある、私にとっては思い出の作品です。

それにしても、この駅もそうそう長くないのかもしれません。今般、朝日新聞デジタル版などで報道されていましたが、JR北海道がまたしても、1日の乗降客が1人以下の46駅について来春をもって廃止方針だそうです。確定はしていないようですが。
塩狩も「1人以下」なのだそうで、そうすると小説の舞台となった駅が地図から消えてしまうことになりそうです。

駅もそうですが、報道に接していると、JR北海道自体もかなり厳しい経営状況らしいのがうかがい知れます。
まあそうでしょうね。
元々人口密度が希薄で、札幌周辺を除けば概ね過疎化が進んでおり、ひどい場合駅前には廃屋しかないこともあります。
人口が少ない、つまり運賃収入が少ないのに、土地が広大な上に寒冷地で、列車の本数が少なかろうが除雪費用などは一定以上かかってしまいます。
何となく、今のうちに乗っておかないと、二度と会えなくなる線路がまだたくさん出て来そうな気がしま
2016-10-02-22:09 * 狛三郎 [ 編集 * 投稿 ]

No title

>狛三郎さん

廃止が決まっている留萌本線増毛~留萌間の5駅を加えると、51駅が廃止方針という事になりますね。
中でも(いくら利用が少ないとはいえ)美々駅の廃止決定が衝撃的で、遂に札幌より50km圏内でも駅が消滅するかという思いです。

ただし、51駅全てを2017年春に廃止すると確定した訳ではなく、今のところ自治体にはっきりと廃止が打診されているのは17駅です。
特に、51駅の中に入っている南美深駅については市街地に近いという事もあり、美深町が維持管理費を負担して存続する意向を見せています。

塩狩駅についても先日、『塩狩峠』の雑誌連載開始から50年を迎えた事を記念して団体臨時列車「塩狩峠号」が運転される等のイベントが開催されたばかりです。
地元・和寒町が「三浦文学で町おこしをしよう」と躍起になっている状況ですから、重要な観光資源として小幌駅のように存続しようという動きも起こるかも知れません。
北海道のみならず、日本の鉄道史を語る上でも重要な場所だと思いますので、何とか存続される事を祈るばかりです。

(叡電デナ22@札幌市在住)
2016-10-04-07:21 * 札学鉄研OB会 [ 編集 * 投稿 ]

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こんばんは。
返信ありがとうございます。
別掲していただきましたが、美々は廃止が決まったようですね。複線電化の線上にある駅の廃止など極めて珍しいでしょう。実は昨冬降りたことがあるのですが、駅前に民家が1軒だけあり、ほかは何にもないところでした。場所柄、飛行機の機影と爆音だけはたくさんありました。

それにしても、JR北海道が、新幹線開業を除けばただただ「ジリ貧」なのが気になります。乗客が少ないから、車両が老朽化したから、と駅や列車本数を削ってばかりです。しかも、札沼線の末端部のように「生煮え」に見えることもある。1往復なら利用しづらいことこの上ない一方、1往復だからと言って線路保守の手間が比例して省けるわけではないだろうに。
この点、かつて廃園危機だった旭山動物園が全国屈指の人気動物園になった、というほどではなくても、何か一工夫できたように思わないではないです。
車窓風景自体が売りになるところはたくさんあるし。
ただ、人口減に関する限り、手の施しようがないほど進行している、ということなのかもしれませんね。
2016-10-08-01:50 * 狛三郎 [ 編集 * 投稿 ]

No title

>狛三郎さん

三島会社のうち、JR九州は赤字路線が多い一方で魅力的な列車を多く生み出し集客に繋げており、副業が好調な事もあって今月25日に東証一部への上場が実現します。
JR四国も土佐くろしお鉄道に転換した中村線を除いて廃止になった鉄道路線は一切無く、「伊予灘ものがたり」に代表されるように沿線との協力による需要拡大に積極的です。

そんな状況ですからJR北海道は尚更、後手に回っている感がありますね。
需要増に繋げるどころか、沿線の反対を押し切りSL函館大沼号やSLニセコ号といった観光列車を廃止してしまいました。
新たな工夫をするというよりも、先人が培ってきた工夫をかなぐり捨てています。
函館近郊は北海道新幹線の開業で観光客が増加しましたし、ニセコ・倶知安も地価が連続上昇するほど外国人移住も進んでいるので、実に勿体無い事をしたと思います。

(叡電デナ22@札幌市在住)
2016-10-11-20:27 * 札学鉄研OB会 [ 編集 * 投稿 ]

No title

>狛三郎さん

札沼線の末端区間にしても、余計に地元住民が使いづらいダイヤになりましたよね。
「乗客が少ないから」と大義名分を掲げていますが、むしろ余計に減らすような真似をしているとしか思えません。
一方で日本で一番早い最終列車に乗る鉄道ファンが殺到し、新十津川駅が賑わいを見せていますがそれも僅か12分間の事。
ほとんどの同業者は乗ってきた車両で帰ってしまうので、地元に落ちていくお金も無し。
以前の3往復だったら「物産館にでも言ってみようか」という心の余裕が出来たものですが。

宗谷本線でも、幌延町から豊富高校に通う生徒達が通学時間帯に利用できる列車が無くなってしまい、同時間帯に走っているバスも無いため、町役場のクルマが暫定的に送迎を続けている状況です。
2016年3月のダイヤ改正に先駆け、島田社長は「通学時間帯に影響の出ない範囲で減便する」と説明していましたが、実際には不便を強いる事になっています。
沿線自治体ともしっかりした協議をしないまま減便を行った事が見て取れます。
もはやJRと沿線の関係はウインウインではないですね。

(叡電デナ22@札幌市在住)
2016-10-11-20:33 * 札学鉄研OB会 [ 編集 * 投稿 ]