タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2016-05-05 (Thu) 22:05

【OB会活動】GWの三笠鉄道村見学会【2】



鉄道記念館の屋内展示を見た後、我々5人は記念館前の食堂「キッチンポロナイ」で早めの昼食をとりました。





この食堂はキハ80系列の食堂車・キシ80-31を活用しています。
車体塗装は明らかに現役時代とはかけ離れていますが、民営化直後に塗装変更を受けた国鉄型車両を彷彿とさせるデザインです。
特にJR東日本では、このような斜めストライプの塗り分けを好んで用いていましたよね。
もし現役時代にこんな塗装変更が施されていたら・・・と妄想を掻き立てられます。





車内は国鉄時代の食堂車を思い起こさせる盛況ぶり。
まずは席を確保し、奥の厨房前で注文。
食券制ではありませんが、代金は先払いです。
ラーメンやカツカレーを頂いたのですが、勿体無い事に肝心の料理を撮影し忘れました・・・。

JR北海道 国鉄 JR東日本 JR貨物 札幌市営地下鉄 札幌市交通局
JR北海道 国鉄 JR東日本 JR貨物 札幌市営地下鉄 札幌市交通局


「キッチンポロナイ」と同じ留置線上には、3両の保存車両があります。
食堂車の傍に安置されているのはDE10形1702号機。
現役時代は旭川運転所に所属し、名寄本線を中心に活躍していたそうです。
分割民営化を間近に控えた1987年3月に廃車されたらしく、以降は現在に至るまで三笠鉄道村で隠居生活を送っています。

JR北海道 国鉄 JR東日本 JR貨物
JR北海道 国鉄 JR東日本 JR貨物


2両目はセキ6000形貨車のセキ6657。
国鉄時代は室蘭市内の輪西貨車職場に配置され、幌内炭鉱の石炭を運んだ三笠市と縁のある車両です。

JR北海道 国鉄 JR東日本 JR貨物
JR北海道 国鉄 JR東日本 JR貨物


セキ6657の車体には「道外禁止」との表記がなされています。
これは北海道外での運用を禁止する事を意味しています。
青函トンネルが開通する前、青函連絡船で車両を運搬していた頃の名残ですね。
石炭貨車は側面が開く構造のため、甲板への緊締が難しかったのだそうです。





3両目はワム60000形貨車のワム66172。
車体の表記からも分かるとおり、今は無き千歳線東札幌駅に配置されていました。
東札幌駅の跡地は「札幌コミュニケーションパークSORA」という再開発地区に転用されており、札幌コンベンションセンターやイーアス札幌などの施設が建っています。
なお、札幌市営地下鉄東西線に同名の駅がありますが、場所が近いだけで関連性はありません。

JR北海道 国鉄 JR東日本 札幌市営地下鉄 札幌市交通局
JR北海道 国鉄 JR東日本 札幌市営地下鉄 札幌市交通局




そんな保存車両達の隣の線路は部分的に3線軌道となっているのですが、これは前回記事で取り上げた太平洋炭鉱の凸型機関車を元々はこの場所に置いていたからです。
3線軌道の後は更に東へ線路が延びており、立体交差を潜り抜けます。

JR北海道 国鉄 JR東日本 札幌市営地下鉄 札幌市交通局
JR北海道 国鉄 JR東日本 札幌市営地下鉄 札幌市交通局


立体交差をくぐった先は、レールが草に埋もれています。
この線路はかつての幌内炭鉱専用線で、鉄道記念館の位置にあった幌内駅から選炭場へと延びていました。





旧・幌内線の線路上では、日本製鉄輪西製鉄所が1939年に導入した蒸気機関車・S-304を使用したSL列車が運転されていました。
晩年は鐵原コークス(現・テツゲン)の室蘭支店に移り、1986年に廃車されてからは三笠鉄道村で動態保存されています。





鐵原コークス時代の姿のまま保存されているS-304。
車体側面には「暖房はコークス」との一文が記されています。





SLは2両のトロッコを牽引して走ります。
これらトロッコは無蓋貨車を改造したもので、それぞれトラ49456、トラ53095を種車としています。





SL線の隣には、北は北海道から南は福岡まで店舗を構える鉄道ショップ・カラマツトレインが運営する「三笠トロッコ鉄道」の鉄道記念館駅があります。
旧・三笠線の三笠~幌内間に残された線路を転用し、バラエティ豊かなトロッコを走らせています。
スタッフが運転する車両はもちろん、体験運転が出来るトロッコも在籍しています。







こちらの幌内号(1号車)は北見市留辺蘂町の温根湯森林鉄道(1921年開業・1961年廃止)で、実際に使われていた軌道モーターカーです。
廃止後は長きに渡り隠居生活を送っていましたが入念に整備され、再び線路上を自走するようになりました。







客車の2号車と機関車の99号車からなる林鉄温根湯号も、温根湯森林鉄道で使用されていた車両です。
三笠トロッコ鉄道の仲間入りを果たす前は、大雪山中の牧場に放置されていたそうです。
解体の危機に瀕していたところをカラマツトレインが譲り受け、同胞である幌内号と共に再び走れる事になりました。
このように、三笠トロッコ鉄道も大変貴重な車両を動態保存しているのです。





2号車の側面サボは「岩見澤行」を示していますが、流石にトロッコ鉄道は岩見沢まで延びていませんw





ゴールデンウィークで三笠鉄道村が賑わっているため、トロッコ鉄道でも増結運転が実施されていました。
時節柄、屋根の無い展望トロッコには鯉のぼりが据え付けられていました。


次回に続きます。


※写真は全て2016年5月3日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)

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最終更新日 : 2019-07-02

No title * by ET403
こんにちは。三笠の貨車群は、様々な標記類を(フォントに多少の違いはあるものの)きちんと描き残しているので、生き生きとした姿で見られるのが嬉しいです。
「道外禁止」標記は、ヨン・サン・トウ改正で、本州以南の一般貨物列車の最高速度が75km/hに引き上げられた後、これに満たない貨車が、連絡船で本州に航送されてしまうのを防ぐために描かれたもので、道内ではセキ車以外でも見られたし、車輌甲板への緊締とも無関係です。
健脚と高頻度運転を誇る特急「ライラック」の合間を、DD51重連に牽かれてのんびりと走っていた、セキ車の長大編成が懐かしく思い出されます(私は蒸機の時代にギリギリ間に合わなかった世代)。

No title * by 札学鉄研OB会
>ET403さん

あれ、甲板の緊締とは関係ないんですか…。
「道外禁止」の表記について調べていたら某所でそのような説明がされているのを見たのですが、それは間違いなんですね。

(叡電デナ22@札幌市在住)

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No title

こんにちは。三笠の貨車群は、様々な標記類を(フォントに多少の違いはあるものの)きちんと描き残しているので、生き生きとした姿で見られるのが嬉しいです。
「道外禁止」標記は、ヨン・サン・トウ改正で、本州以南の一般貨物列車の最高速度が75km/hに引き上げられた後、これに満たない貨車が、連絡船で本州に航送されてしまうのを防ぐために描かれたもので、道内ではセキ車以外でも見られたし、車輌甲板への緊締とも無関係です。
健脚と高頻度運転を誇る特急「ライラック」の合間を、DD51重連に牽かれてのんびりと走っていた、セキ車の長大編成が懐かしく思い出されます(私は蒸機の時代にギリギリ間に合わなかった世代)。
2016-05-06-14:51 * ET403 [ 編集 * 投稿 ]

No title

>ET403さん

あれ、甲板の緊締とは関係ないんですか…。
「道外禁止」の表記について調べていたら某所でそのような説明がされているのを見たのですが、それは間違いなんですね。

(叡電デナ22@札幌市在住)
2016-05-08-23:05 * 札学鉄研OB会 [ 編集 * 投稿 ]