タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2016-05-04 (Wed) 13:50

【OB会活動】GWの三笠鉄道村見学会【1】



今年のゴールデンウィークは10連休にもなると言われていますが、皆さんは如何お過ごしでしょうか。
まあ、私のようなシフト制勤務の人間にはあまり関係の無い話ですが、昨日は休みだったのでOB会関係者に声がけして三笠鉄道村に行ってきました。
参加者は岩見沢在住のLewisさんと、大阪から帰省されていたOBいしかわさん、加えて鉄研現役生のサンライズエクスプレス君とトワイライトエクスプレス君。
私を加えて総勢5名での活動となりました。
まずは岩見沢市内から北海道中央バス三笠線の幾春別町行きに乗車。
三笠市民会館バス停で三笠市営バス幌内線の幌内1丁目行きに乗り換え、鉄道記念館バス停で下車。
10時過ぎに現地入りしました。
三笠鉄道村では5月3日~5日にかけてイベントを開催中で、GWとはいえ想像以上の賑わいを見せていました。





鉄道記念館へと向かう前に、駐車場に安置されている保存車両を観覧します。
ほとんどの訪問客はこれらの車両に目もくれずイベント会場に直行していましたが、実は結構ディープな車両が集まっています。
薄緑色に塗装された車両達は、住友石炭赤平炭坑の坑道で使用されていた作業員輸送用車。
6連を組んでおり、編成前後に6t蓄電池機関車HX-6が付きます。

JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道
JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道


坑内用列車のレール幅は、「ナローゲージ」と呼ばれる特殊狭軌の中でも特に狭い軌間610mm。
車両も極めて小ぶりに作られており、子供が並ぶと如何に小さいかよく分かります。
ちなみに、日本国内の軽便鉄道や道内の簡易軌道等で多く見られたナローゲージは762mm。
2016年現在では四日市あすなろう鉄道(旧近鉄内部線・八王子線)や三岐鉄道北勢線、黒部峡谷鉄道、安房森林軌道の4社で見られます。

JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道
JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道


1両当たりの全長も短いものですから、ボギー車ではなく二軸車(単車)となっています。

JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道
JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道


運転台も非常に狭いです。
右手にマスコンハンドル、背後に手回しのブレーキハンドルが配置されています。

JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道
JR北海道 国鉄 近鉄 三岐鉄道北勢線 四日市あすなろう鉄道


2両の機関車に挟まれた、4両の坑内用人車。
乗降口にドアは無く、1本の鎖が付く程度です。





作業員輸送車の後ろには、凸型の車体を黒く塗った8t電気機関車が2両。
屋根から4本の柱を伸ばし、車体から離すようにパンタグラフを設置している様子から、「ノッポ電機」とも呼ばれます。
これら電気機関車は釧路市内の太平洋炭礦(現・釧路コールマイン)で、運炭用坑外軌道での石炭・資材輸送に使用されていました。
釧路市内の興津に海底炭田があり、そこから春採の選炭工場まで延びていたナローゲージの太平洋炭鉱専用線は間違いなく日本最東端の電気鉄道
選炭工場でのチェックを通った石炭は春採駅から釧路臨港鉄道(現・太平洋石炭販売輸送臨港線)で、釧路港南埠頭のある知人(しれと)まで運ばれておりました。





40年前は24時間体制で運行されていたという太平洋炭鉱専用線ですが、太平洋炭鉱が2002年に閉山し釧路コールマインに引き継がれた後に興津~春採間の線路が撤去されてしまったそうです。
それでも興津の会社敷地内には電気鉄道が残され、資材・木材の運搬に利用されていました。
しかし、電気設備の維持が難しくなったようで、2012年3月を以って蓄電池式機関車にその座を譲り、ここに日本最東端の電気鉄道は終止符を打つ事となりました。

三笠鉄道村で保存されている凸型機関車は1984年に廃車され、その後は三笠市内の建設業者を経て、1996年に寄贈されたものです。
架線が撤去される直前まで坑外軌道で使用されていた電気機関車は、黄色い車体の後継機でした。





凸型機関車には現役時代さながらに貨車が連結されています。







駐車場には国鉄型車両も置かれています。
炭坑列車のすぐ近くにあるのはキロ26-104。
急行型気動車・キハ56系の中間グリーン車です。





キロ26-104にはスハ43系客車2両が連結されています。





車番が塗り潰されていますが、どうやら2両目は食堂として利用されていたスハ45-20のようです。
無理矢理増設された厨房が何とも不恰好。
もっとマシに改造できなかったのでしょうか?
「貴重な旧型客車が勿体無いよなぁ」と話し合いながら、客車を眺めておりました。
三笠鉄道村のHPを見る限り、今や食堂にすら使われていない模様です。





スハ45-20の後ろにはトラ70000形無蓋車。





駐車場の隅っこには排雪モーターカー510の姿が。
黄色い車体と黒いラッセルが好対照。





510と一緒に安置されているロータリー排雪車DL7L。
ゴツイ排雪器を装備しています。


駐車場の車両達を撮影した後は、道路を横断し鉄道記念館へ。





敷地内は縁日の如く数多くの露店が並び、多くの人で賑わっていました。





三笠鉄道記念館が建つ場所は、かつての幌内線の終着・幌内駅
手宮線手宮~南小樽間、函館本線南小樽~岩見沢間、幌内線岩見沢~幌内間は元々、幌内鉄道として1882年に開業した北海道最初の鉄道路線です。
敷地内には「鉄道発祥の地」である事を示す、連結器を象った記念碑があります。


まずは屋内展示を見てから、少し早めに昼食をとる事にしました。
次回に続きます。


※写真は全て2016年5月3日撮影


(文・写真:叡電デナ22@札幌市在住)

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最終更新日 : 2019-07-02

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