タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2015-08-15 (Sat) 14:30

スハフ44形客車(SLキューロク館)

寝台特急「北斗星」が今年3月に廃止され、機関車牽引による客車列車の歴史は、最終章を迎えています。
今回は、電車・気動車に伍して、客車列車が活躍していた頃を、ご一緒に思い出してみましょう。


スハフ44 25、1950年代に様々なタイプが量産されたスハ43系列のなかの、北海道向け緩急車です。前に紹介した49671号蒸機とともに、真岡市の「SLキューロク館」に保存されています。以前は「船の科学館」で、青函連絡船羊蹄丸の車両甲板で展示されていたものです。
通常は屋内展示で、床下から車内まで、存分に見学することができます。


深いアーチ屋根に切妻端面、単色塗りという、シンプルな装いのボディーですが、ウインドシルとウインドヘッダー(窓の上下にある補強の帯板)が良いアクセントになっています。


車体中央部窓下に、行先サボが掛けられています。屋内展示の保存車両でも、こういった小物を添えてやることで、生き生きとしてきます。「形式と行先がマッチしてない」なんてヤボな突っ込みは、もはや無しですね。
二重窓の内窓は、これが上がり切った状態で、ボディ色に塗られた枠の下端が、外からも結構よく見えます。北海道の旧型客車を夏の姿で模型化する際は、要チェックです。


TR47形台車です。戦後に登場・発展した、鋳鋼の台車枠と、軸箱を両側で支えるウイングばねで構成される客車用台車の系統の、完成形といわれるものです。
ウイングばねによる乗り心地の改善は素晴らしかったようで、戦前なら3軸台車を履いていた寝台車・食堂車といった優等車両も、戦後製のはこの系統の2軸台車を履くようになりました。
1988年に、「オリエント急行」の客車が来日した際、このTR47形を履いて日本中を走り回りました。このような特殊な用途に立派に適応できる、基本設計の優秀さ示したと言えますし、なによりあの長くて大きな車体には、鋳鋼枠の大きな台車はとてもよく似合っていました。


客室内です。元々木製部分がニス塗りだったのが、ペンキ塗や化粧板の貼付、窓廻り部品のアルミ、ステンレス化によって、明るい印象の客室に改装されています。冷房装置こそないものの、急行型電車や気動車に見劣りしない設備水準と言えます。実際に、定期急行列車の運用は、1982年まで見ることができました。
旧型客車の車体塗色といえば、原型は茶色で、客室にこのような近代化改装を施された車両が、青色に塗り替えられるというのが本来でした。後年例外も多く登場しますが。


青いボックスシート、栓抜きつきのテーブルとその下の灰皿、通路側席の頭もたせ板、懐かしい佇まいです。かつての「C62ニセコ号」、あるいはもう少し昔の、函館~札幌間夜行をはじめとする長距離普通列車を思い出す方も多いことでしょう。



<写真・本文とも ET403>

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最終更新日 : 2019-07-02

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