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2023-09-28 (Thu) 20:42

予讃線観音寺駅[1] 四国八十八ヶ所の69番「七宝山観音寺」

観音寺駅a01

香川県は観音寺市栄町(旧:三豊郡観音寺町大字観音寺)にある、JR四国の観音寺(かんおんじ)駅。
観音寺市は瀬戸内海の燧灘(ひうちなだ)に面する街で、地名としては「かんんじ」ではなく「かんんじ」が正しい読みとなります。
財田川・一の谷川・柞田川、合わせて3本の河口が仲良く並んでおり、河口付近の平地に中心街を形成しています。
駅の北西に位置する有明浜は、寛永通宝を模した「銭形砂絵」がある事で有名です。

観音寺という地名の由来は、四国八十八ヶ所の第69番札所として有名な「七宝山観音寺」にあります。
この寺は真言宗大覚寺派に属し、703年4月15日(和暦:大宝3年3月21日)の創建当初は「神宮寺宝光院」という寺号でした。
時を同じくして同一境内に「琴弾八幡宮」(現:七宝山神恵院)も創建されています。
それから約100年後の807年(和暦:大同2年)、弘法大師が神宮寺に聖観音の像を安置し、これがきっかけで「観音寺」と称するようになったそうです。
ただし寺としての正しい読みは「かんんじ」で、どうして自治体の読み仮名が一致しないのかは不明です。
一応、徳島市勢見町にある第16番札所は「観音寺」と書いて「かんんじ」と読むのですが・・・。



観音寺駅a02

ここからは観音寺駅の大まかな歴史を辿っていきましょう。
観音寺駅は1913年12月20日、国鉄讃岐線多度津~観音寺間の延伸開業に伴い一般駅として開設されました。
讃岐線は私鉄の讃岐鉄道をルーツに持つ路線で、山陽鉄道の買収を経て国有化されています。
1916年4月1日には観音寺~川之江間が延伸開業し、愛媛県へと乗り入れる事になりました。
なお、書籍『停車場変遷大事典 国鉄・JR編Ⅱ』によると開業当初、観音寺駅の読み仮名は旧仮名遣いで「くゎん於んじ」と記したそうです。

その後も讃岐線は順調に延伸を重ね、1923年5月1日には伊予西条~壬生川間の開業に伴い路線名称を「讃予線」に改めました。
更に1930年4月1日に「予讃線」、1933年8月1日に「予讃本線」と改称を重ねています。



観音寺駅a03

1934年12月15日、観音寺駅の読み仮名を「くゎん於んじ」から「くゎんおんじ」に変更しました。

1936年2月25日、国鉄自動車の新路線として西讃線観音寺~琴平間(22.4km)、琴弾公園~観音寺海水浴場間(1km)が開業。
観音寺駅は鉄道とバスの接続拠点となりました。
駅前には路線バスの運行管理を担う「観音寺自動車所」(後の観音寺自動車営業所)を開設しています。

戦後の1960年1月16日、国鉄バスは三豊線観音寺~川之江間(17km)を新規開業。
更に1966年7月14日、都市間バスの北四国急行線が観音寺駅に停車するようになりました。

1964年4月1日、国鉄の協力会社である㈱日本交通観光社が「観音寺営業所」を開設しました。
日本交通観光社は駅業務の受託や旅行斡旋を事業とする会社で、公式の略称は「日交観」といいます。
観音寺営業所は同社四国旅行事務所の現場機関に当たり、旅行代理店として機能しました。



観音寺駅a04

国鉄四国支社(後の四国総局)は1960年代から運転保安設備の近代化に着手。
1967年には2回に分けて土讃線多度津~高知間にCTC(列車集中制御装置)を導入し、各駅で実施してきた運転取扱業務を集約しました。
これに続いて予讃線では、1968年10月1日に多度津~伊予西条間でRC(遠隔制御装置)の使用を開始。
更に1970年3月17日には伊予西条~松山間にもRCを導入し、多度津駅から松山駅まで合計161.7kmの自動信号化を為しました。
これと引き換えにタブレット閉塞は御役御免となっています。

なお、CTCセンター1ヶ所で各駅の信号設備を一括制御するCTCに対し、RCは線区内に制御所を分散配置しています。
予讃線多度津~松山駅においては、詫間駅・観音寺駅・伊予土居駅・新居浜駅・壬生川駅・今治駅・菊間駅・伊予北条駅・伊予和気駅の合計9駅に制御所を設けています。
ただし多度津駅・松山駅については自駅制御のため、制御所を設けていませんでした。

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 一方、予讃線については自動信号化並びに遠隔制御装置(RC)の導入が決まり、43年1月に工事に着工した。
 RC方式とは、いわばCTCを分散配置したようなもので、隣接駅をコントロールするというものであった。しかし、根本的な違いは制御の規模ではなく、運転整理の方法で、CTCがその線区内の一切の運転業務を行うのに対し、RCでは制御駅が受持ちブロック内の運転業務を行い、全線にわたるものに関しては、各制御駅から情報を収集し、従来どおり支社の列車指令が指示を出すというシステムであった。
 当時国鉄は、全国的な大時刻改正(43・10=ヨン・サン・トオ)をめざして邁進中で、長期計画の総まとめの年としても、近代鉄道への改善が行われてきた。予讃線のRCも、このダイヤ改正にあわせて工事が進められ、多度津・伊予西条間(81.6km)は43年10月1日から使用を開始した。また、並行して工事の行われていた徳島線徳島・蔵本間のRC装置も、同時に使用が開始された。
 その後、予讃線の工事は順調に進み、45年2月工事完了、3月17日伊予西条・松山間の使用が開始され、多度津・松山間(161.7km)の全面RC化が完了したのである。

《出典》
「四鉄史」編集委員会(1989)『四鉄史』(四国旅客鉄道株式会社)p.p.86,88
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観音寺駅a05

フロント関係では1968年10月1日、観音寺駅に「旅客渉外主任」を配置しました。
当時、国鉄四国支社(後の四国総局)は旅行商品の販売強化を目的として、管内主要駅に旅客営業センターや旅客渉外主任を置くようになったのです。
旅客渉外主任は札幌鉄道管理局の「鉄道セールス主任」(1963年6月より配置)と同様、適任者を渉外担当に指定して旅行商品のセールスをさせるというものでした。

旅客渉外主任は1970年10月の「旅客営業センター」設置拡大に伴い、チーム制に移行しています。
これらは1972年11月に名称を統一し「旅行センター」となり、やがてJR四国の「ワーププラザ」へと受け継がれていきました。
観音寺駅の旅客渉外主任についても最終的に組織化し「観音寺駅旅行センター」となったようです。

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 四国支社では、昭和43年10月白紙ダイヤ改正、47年3月山陽新幹線岡山開業と輸送改善が行われる中で、多客期においても座席の提供ができる輸送力を設定した。しかしその反面、需要減退期における販売対策をいかにすべきか、すなわち、ストックのきかない商品だけにそのロスをいかに解消するかが、ひとつの課題であった。
 これらを解消するため、販売体制の強化策として登場したのが、43年10月の「旅客営業センター」の設置である。旅行商品を年間を通じてコンスタントに売り尽くしていくため、都市を中心とした経済圏単位の渉外を、強力に展開していくこととした。
 高松、松山、徳島、高知の4大駅に設置した旅客営業センターでは、顧客や市場に関する情報収集、需要動向に見合った新しい商品の計画、商品の宣伝、グループ旅行の積極的な販売促進などを行った。また、観音寺、新居浜、今治、八幡浜、宇和島、阿波池田の各駅には旅客渉外主任を配置した。
 旅客営業センターは、45年10月多度津駅、阿波池田駅、須崎駅に配置。46年11月には新居浜駅、今治駅、八幡浜駅、宇和島駅に設置した。その後、阿南駅にも設置して、2旅行センター10旅客営業センター体制となった。
 43年度には、全国で「旅行センターの第1次整備計画」が推進され、東京駅をはじめとする6駅に「旅行センター」が設置され、駅業務の一分野としての国鉄旅行センターと、部外販売網の駅内営業所としての業務の旅行センターが同一場所で提携する形で営業を開始した。
 この方式は、国鉄と部外販売網とが共同してその専門的機能を生かしながら、旅行に関する各種の案内から販売までを行う総合的な旅行の発売体制で、渉外活動による団体・グループ旅行の積極的な需要開発を行う拠点とした。
 四国に初めて設置したのは、昭和46年4月の高知旅行センターで、提携業者は日本旅行であった。47年4月には高松旅行センターが日本交通公社と提携して、本格的な営業を開始した。
 このように、営業体制の近代化に伴う販売拠点の整備施策の一環として推進してきた旅行センターは、47年11月に、名称の統一、業務機能の明確化を行った。

《出典》
「四鉄史」編集委員会(1989)『四鉄史』(四国旅客鉄道株式会社)p.254
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観音寺駅a06

1974年10月1日、営業範囲改正に伴い手荷物と小口貨物の取扱いを廃止。
観音寺駅の窓口営業は旅客・小荷物(配達あり)・車扱貨物のみとなりました。

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 観音寺駅の駅勢によると、最も取扱い量の多かったのは昭和45・6年頃で、その後、扱量は漸減し今日ではピーク時に比較して乗降客で20~30パーセント、貨物の取扱いにおいて40~50パーセントの減少とのことであった。
 1981年(昭和56)度観音寺駅の駅勢はつぎのとおり
1、職員数 36名
2、列車回数 旅客68本、貨物9本
3、乗客(1日平均)普通1436人 定期1421人 計2857人
4、小荷物(1日平均)発送82個 到着76個 計158個
5、収入(1日平均)乗客222万0900円 荷物9万570円 計231万1470円
6、貨物(1日平均)発送82トン 到着72トン 計154トン 収入48万2600円
7、収入合計(1日平均)279万4070円

《出典》
観音寺市誌増補改訂版編集委員会(1985)『観音寺市誌 通史編』(観音寺市)p.393
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観音寺駅a07

観音寺の隣町・仁尾(にお)では1981年3月21日~1983年11月30日の約2年半に渡り「仁尾太陽博」が開催されました。
これは仁尾町の日照時間が当時日本一であった事に因み、太陽光発電などの太陽エネルギーを大々的にPRするイベントでした。
四国総局第9位の駅とはいえ利用が低迷しつつあった観音寺駅ですが、一転し「仁尾太陽博」の最寄駅として賑わう事となりました。
四国総局も観覧客をターゲットにした「仁尾太陽博入場券付往復割引乗車券」を販売しています。

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 仁尾太陽博会場は観音寺駅からさらに国鉄バスで20分程北上した所にある。仁尾太陽博のテーマは「太陽エネルギーが拓く地球新時代」。学術面、娯楽面の双方に数多くの施設があり、目玉はわが国初の太陽発電所である。新しいエネルギーを考える一環として、通産省工学院が香川県仁尾町の塩田跡地10万平方メートルに建設した、壮大な太陽熱発電パイロットプラントは、広くエネルギー問題を自らの目で確かめ、考える格好の広場としてにぎわい、出足は上々とのこと。

《出典》
日本国有鉄道営業局(1981)「われら第一線 観音寺駅」、『国鉄線』1975年8月号(財団法人交通協力会)p.28
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観音寺駅a08

国鉄は1984年2月1日ダイヤ改正において、ヤード系集結輸送から拠点間直行輸送への一大転換を実施。
観音寺駅でも車扱貨物の取扱いを終了し、貨物フロントを全廃しました。
同時に駅種別を一般駅から旅客駅に変更しています。

1985年3月14日、四国総局は大規模な合理化を敢行。
予讃線において計18駅の小荷物フロント廃止、計6駅の停留所化(無人駅化)、高松~松山間のCTC化を一挙に実施しました。
観音寺駅でも駅構内のRC制御所における運転取扱業務を廃止しています。

1986年11月1日、国鉄は貨物輸送の効率化を盛り込んだダイヤ改正を実施。
JR貨物への継承を見据えて鉄道貨物輸送の大幅なスピードアップに踏み切り、輸送方法を車扱からコンテナへと一気に転換しました。
荷物輸送についても大半が廃止となり、観音寺駅の小荷物フロントも新聞輸送を除き取扱いを終了しています。
一方、旅客関係ではオレンジカードの販売を開始しました。

国鉄末期の1987年3月23日、高松~坂出間と多度津~観音寺間が直流電化しました。
これを皮切りに予讃本線では電化工事を推し進めていく事となります。



観音寺駅a10

1987年4月1日、分割民営化に伴いJR四国が観音寺駅を継承。
1988年6月1日、予讃本線は現名称の「予讃線」に改称しています。

1992年7月23日、観音寺~新居浜間が直流電化。

1993年10月には観音寺駅旅行センターを「ワーププラザ観音寺」に改称しました。

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 ②旅行センターの名称統一
 これまで、店舗の名称を市中(ワーププラザ)と駅内(旅行センター)とで使い分けてきたが、トータルな旅行サービスの窓口であることをより強くアピールするため、5年10月から、すべての旅行センターの名称に「ワーププラザ」を冠して、統一を図った。

《出典》
財団法人交通協力会(1994)『交通年鑑』平成6年度版、p.254
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1998年4月1日、JR四国バスの西讃線が廃止。
省営時代から通算して62年の歴史に幕を下ろしました。
なお、バス路線自体は町営仁尾バスに引き継がれた後、三豊市コミュニティバスに移行しています。



観音寺駅a11

2003年12月、組織上は駅から独立した「支店」だったワーププラザ観音寺が、観音寺駅長の指揮管理下に移りました。
この施策は駅長の渉外業務に旅行業のノウハウを加える事で、より機動的な販売体制の構築を狙ったものでした。
店名についても「観音寺駅ワーププラザ」に改めています。

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 15年12月から駅とワープを統合し、営業体制を再構築した。具体的には、セールス部門を持つワープ支店については独立組織として残し、カウンター業務をメインに行ってきたワーププラザについては駅の一部門とし、駅長の渉外活動に旅行業のノウハウをミックスすることで、駅における旅行業展開を強化した。また、ワープ支店長が各駅長の渉外活動をサポートするため「セールスマネージャー会議」を設け、駅とワープ支店が協力し、駅長の肩書きを利用した営業活動を行う体制とした。

《出典》
財団法人交通協力会(2005)『交通年鑑』平成17年度版、p.300
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2022年12月28日、観音寺駅ワーププラザが閉店。
背景には航空会社のパッケージ商品の取扱終了、旅行商品のインターネット販売の普及があり、そこにコロナ禍における旅行需要の減少が追い討ちをかけました。
なお、同日付で坂出駅、丸亀駅、志度駅、伊予三島駅、新居浜駅、伊予西条駅、宇和島駅の7店舗も一斉閉店し、JR四国の「ワーププラザ」が全滅する事態となりました。
なお、規模の大きい「ワープ支店」6店舗については存続しています。

現在の観音寺駅は直営駅(終日社員配置駅)で、駅長を筆頭に助役、営業職駅員(営業主任・営業指導係・営業係)が従事しています。
一応は夜間滞泊を設定していますが、駅員が構内入換を行なう事はないそうです。
特急「しおかぜ」「いしづち」も当駅に停車します。



観音寺駅a09

駅舎は国鉄時代に建設されたコンクリート造りの2階建て。
昭和の残り香が漂う外装に、公園の遊具みたいな3連のアーチを配した駅名板というのが何ともミスマッチ。



観音寺駅a12

駅名板と一緒に並ぶのは白栄堂の銘菓「観音寺」の広告看板です。



観音寺駅a13

駅舎東部はJR四国グループのパン屋「ウィリーウィンキー観音寺店」が入居していましたが、2018年3月1日より休業し、そのままフェードアウト。
しばらくは空き店舗状態だったそうですが、2021年12月22日に「Pizza&Crepe mano al mano(マノアルマーノ)」が居抜き開業しました。
「マノアルマーノ」は観音寺市内で人気のパン屋「ベーカリーテトテ」の系列店だといい、ピザとクレープをメインに焼きたてパンも販売しています。



観音寺駅a14

お店の外側には「ベーカリーテトテ観音寺駅店」の看板も一緒に掲げています。



観音寺駅a15

観音寺駅a16

駅舎のトイレはタクシープール側に出入口を設けています。



観音寺駅a18

観音寺駅a17

西隣には駅舎よりも新しめの2階建てコンクリート建築があります。
Googleマップのストリートビューを見る限り、少なくとも2012年7月から空き家状態が続いているようです。
先述の「観音寺駅ワーププラザ」は駅舎内で営業していましたが、元々はこちらの建物に入居していたのでしょうか?




観音寺駅a19

観音寺駅a20

観音寺駅a21

観音寺駅a22

正面玄関から待合室に入りましょう。
コンコースと一体化しており、室内西側にベンチを並べています。
JR四国の子会社・四国キヨスク㈱が運営する「おみやげどころ観音寺店」も入居しています。
「おみやげどころ」は毎日8:00~19:00の営業です。



観音寺駅a23

出札窓口(みどりの窓口)の営業時間は6:15~21:15。
窓枠は2つありますが、今や右半分でしか応対していません。
真っ青に塗られたカウンター下が目を惹きますね。



観音寺駅a24

自動券売機は2台設置しており、片方はJR西日本の「e5489サービス」に対応しています。



観音寺駅a25

改札口の様子。
頭上にLED式発車標を備えています。



観音寺駅a26

精算窓口は待合室から見て左端にあり、傍にICカードリーダーを設置しています。
右側には箱型のラッチがあります。



観音寺駅a27

感染症対策のため、ラッチの上には手指消毒剤が乗っかっていました。



観音寺駅a28

長くなったので今回はここまで。


《ブログ内関連記事リンク》
予讃線観音寺駅[1] 四国八十八ヶ所の69番「七宝山観音寺」


※写真は全て2023年5月5日撮影
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最終更新日 : 2023-10-02

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