タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

現在、札学鉄研OB会ブログから筆者投稿の記事を移転中です

Top Page › 関西 › 閉館前日の大阪弁天町・交通科学博物館にて 2014/4/5(後編)
2014-04-09 (Wed) 07:09

閉館前日の大阪弁天町・交通科学博物館にて 2014/4/5(後編)



引き続き、閉館前日の4月5日、近鉄沿線民のOBいしかわさんと共に交通科学博物館を見学した際の話題です。
0系新幹線の車内見学はかなりの行列が出来ており、並んでいたら閉館時間が近づいてしまう・・・という事で諦めたのでした。
しかし、同じ車内見学でも151系カットボディは割と早く入れそうだったので列に並びます。
この151系ですが、本物ではなくモックアップなのだそうです。
0系新幹線の隣にはかつての高速電車特急「こだま」・・・因果な並びですね。





15分ほど待って遂に乗務員室へ。
モックアップとはいえ、運転台は本物さながらに作られております。
椅子は座高の調節が出来ない、随分と簡素な物でした。
先に見学されていた家族1組がやけに長時間居座り続けた事もあり、我々2人は後続の方々に配慮し素早く車外へ。





そして乗用車の展示されている一角を進んでいくと、サンフランシスコの路面ケーブルカーを発見。
アメリカ西海岸の大都市を象徴する存在です。
路面電車でありながらケーブルカーというサンフランシスコ市営鉄道は、マニアとしても興味深いですよね。





1969年に開通した東名高速道路を走り、東京~大阪間を結んだ夜行バス「ドリーム号」。
高速道路が次々に整備された60年代中頃からは、長距離輸送にハイグレードな設備の高速バスが次々とデビューしました。
しかし、高速道路の増加はモータリゼーションの波の中で進められたものであり、鉄道には大きな痛手であったと考えると一抹の寂しさを憶えます。





閉館30分前、ようやく屋外展示場へ。
左からキハ80系、C62、D51と非電車が並んでおります。





展示されていたキハ80系は、1960年に26両が製造されたボンネットフェイスの「キハ81系」。
日本初の特急型気動車であり、1961年に第4回鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞した名車です。
ただ、導入後1年間で走行機器のトラブルが多発した問題児でもあったようです。
なお、翌1961年からは走行機器を改良し、前面を貫通型に改めたキハ82系の増備に切り替わりました。


湘南電車80系の写真も貼ろうと思ったのですが、容量が一杯になったため取り止め。
機会があれば投稿しましょう。


(文・写真:叡電デナ22@総武線沿線在住)
スポンサーサイト



最終更新日 : 2019-07-02

Comment







管理者にだけ表示を許可