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2022-07-08 (Fri) 23:51

JRがユニオン建設に貸している一ノ関保線区千厩保線支区

一ノ関保線区千厩保線支区a04

岩手県は一関市千厩町千厩字上駒場(旧:東磐井郡千厩町千厩字上駒場)にある、JR東日本の千厩(せんまや)駅。
当駅の北東には一目で保線関係の詰所と分かる、2階建てのコンクリート建築があります。
詰所は線路に面して正面玄関を設けています。



一ノ関保線区千厩保線支区a03

外壁には「ユニオン建設㈱」と書かれた看板を掲げています。
ユニオン建設はJR東日本グループに属する建設会社です。
1953年3月創業の飯田建設㈱を前身とし、同社で国鉄線の工事に携わってきた社員15名が1958年9月11日に共同設立しました。
東京の中目黒に本社を構え、南関東をメインに福島県、岩手県、青森県、秋田県で事業展開。
親会社のJR東日本をはじめ、JR貨物、西武鉄道、青い森鉄道、つくばエクスプレス、東京臨海高速鉄道、新京成電鉄などから線路・土木構造物・建築物に係る各種工事(新設・改良・補修)を受注しています。



一ノ関保線区千厩保線支区a02

千厩の建物はユニオン建設盛岡支店の現業部門である「一関出張所」が作業員詰所として使っています。
一関出張所は一関市西沢、具体的には一ノ関運輸区の南側に本所を構えています。

ただし実を言うとこの建物、元からユニオン建設の物件だった訳ではありません。
本来は国鉄盛岡鉄道管理局が「一ノ関保線区千厩保線支区」の事務所棟として建設した物なのです。



一ノ関保線区千厩保線支区a06

かつて国鉄の保線区は換算軌道キロ5~6kmおきに、10名前後の線路工手から成る「線路班」を1班ずつ置き、2~4班の取りまとめ役として「線路分区」を構えていました。
換算軌道キロは本線軌道延長に側線軌道延長の1/3を加えたものですね。
例えば換算軌道キロ80kmを担当区域とする保線区なら、線路分区4ヶ所、線路班16ヶ所を抱える事になる訳です。

線路班が担ってきた人力保線は「随時修繕方式」と言い、ツルハシを持って担当する区間を巡回し、レールやマクラギ、道床を見たり触ったりして検査を行い、異常を発見したら直ちに修繕を施すものでした。
しかし高度経済成長期に鉄道の輸送量が増大すると、それに伴い列車本数も増便された事により、保線作業の出来る列車間合が減少。
おまけに列車の速度も向上したために線路破壊が早まり、それでも運転回数が多いせいで十分な修繕の出来る時間が少ない…というジレンマを抱えてしまった訳です。


一ノ関保線区 国鉄 JR東日本 車両基地 職制 東北本線 JR貨物
一ノ関保線区の指揮命令系統図(1973年7月~1978年6月)

そこで国鉄施設局は「軌道保守の近代化」を計画し、線路分区に代わる現業機関として1963年4月から「保線支区」の設置を進め、限られた時間の中で集中的に検査・補修を行う「定期修繕方式」に移行していきました。
従前は混同していた検査と作業も完全に分離。
換算軌道キロ10~15kmおきに設置した「検査班」が支区長に報告した検査結果を元に、計画担当(計画助役および技術掛)が作業計画を策定し、作業助役を通じて「作業班」に修繕をさせるという業務体制に移行しています。

一ノ関保線区でも「軌道保守の近代化」を図るべく、1967年9月1日に一ノ関保線支区、1968年4月1日に水沢保線支区、1969年4月1日に千厩保線支区・気仙沼保線支区を設置し段階的に新体制へ移行しました。
これで一ノ関保線区が抱える保線支区は4ヶ所が揃い、花泉検査班・有壁検査班・一ノ関第一検査班・一ノ関第二検査班・平泉検査班・前沢検査班・陸中折居検査班・水沢検査班・陸中門崎検査班・陸中松川検査班・千厩検査班・折壁検査班・気仙沼検査班・上鹿折検査班・陸前高田検査班・大船渡検査班・南気仙沼検査班の計17班と、一ノ関・水沢・千厩・気仙沼の4作業班を設けました。
また、1973年7月1日には盛線綾里~吉浜間(現:三陸鉄道南リアス線)の延伸開業に伴い三陸検査班が新設され、最終的に検査班は合計18班となりました。



一ノ関保線区千厩保線支区a01

国鉄施設局は1982年3月より「線路保守の改善」を敢行しました。
作業班は保線機械業務に特化した「保線機械グループ」に変身。
検査班は軌道検査とこれに伴う簡易な修繕作業、集めた検査データに基づく工事計画、外注工事の監督を担う「保線管理グループ」に改組しました。
職名についても保線機械グループは重機保線長・重機副保線長・重機保線係の3段階、保線管理グループは保線管理長・保線副管理長・保線管理係・施設係の4段階としています。
保線管理グループは「管理室」とも称しており、「一ノ関保線区千厩保線支区千厩管理室」というような呼び方になりました。

1987年4月1日、分割民営化に伴いJR東日本が一ノ関保線区を継承。
JR東日本は1988年までに全保線区の支区制を廃止し「本区事務室―保線管理室/機械班」という簡素な組織体制に移行。
なおかつ保線区を増やして小刻みに配置しており、この施策を「小保線区制」と称しています。

更に1989年、新たな現業機関として保線区と電気区を統合した「工務区」、保線区に建築区・機械区の一部業務を統合した「施設区」の設置を敢行。
この時、一ノ関保線区は盛岡建築区・盛岡機械区から一ノ関周辺の建築物・機械設備の保全を引き継ぎ「一ノ関施設区」に改組しました。



一ノ関保線区千厩保線支区a05

そして2001年10月1日、JR東日本は「設備部門におけるメンテナンス体制の再構築」を開始。
この施策は「設備21」とも呼ばれており、保線区の下部組織で担当区域内の軌道検査、工事計画(年間・月間)、施工管理を担当した「保線管理室」、保守用車の運転による機械保線を担当した「機械班」を全て廃止。
これら下部組織が担ってきた業務は一次請けの各建設会社、即ち東鉄工業㈱、仙建工業㈱、第一建設工業㈱、㈱交通建設、ユニオン建設㈱の5社に外注化しました。
そして保線区に代わる新たな現業機関として「保線技術センター」を開設。
保線技術センターは工事監理、関係各所との工事スケジュール調整、集めた検査データの分析と工事発注、請負業者を対象とした講習会・訓練などをしています。
つまりJR社員(施設職)の仕事は管理業務・デスクワークが主体となった訳です。

一ノ関施設区の保線部門についても管理室・機械班を全廃し、人員も大幅に削減して「一ノ関保線技術センター」に生まれ変わりました。
従前の一ノ関施設区千厩管理室にJR社員が常駐する事は無くなり、請負業者であるユニオン建設の社屋に転用されたという訳ですね。



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国道284号線に面する第一気仙沼街道踏切。
この踏切を北に進むと、すぐそこに旧千厩保線支区があります。



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保線支区の象徴と言える自動車用の車庫。
この中にワゴン車やダブルキャブトラック等を格納します。



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至近距離で眺めると、ますますもって年季を感じる事務所棟。



一ノ関保線区千厩保線支区a15

外壁に付いた建物財産標。
建物の正式名称が書かれていますが「現業事務所」の後の「○号」に入る数字が潰れてしまい解読不能でした。
竣工日は1969年2月6日で、この約2ヶ月後に千厩保線支区が発足した事になりますね。



一ノ関保線区千厩保線支区a16

正面玄関の引き戸に貼られた「貸付財産標」。
JR東日本は旧千厩保線支区をユニオン建設に譲渡したのではなく、貸し付けて家賃収入を得ている事が窺えます。
しかしこの貸付財産標、どういう訳か少し古い。
私が訪問したのは2022年5月2日でしたが、財産標に書かれた使用期間は「2021年4月1日~2022年3月31日」となっていました。
単に新しい財産標に貼り替えるのを失念していたのでしょうか?



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前回記事では千厩駅の構内東側にある保線資材置き場を紹介しましたが、旧千厩保線支区にも資材置き場があります。
常駐する保線社員こそ居なくなって久しいですが、今なおJR東日本が千厩を大船渡線の保線拠点と位置づけている事が窺えますね。



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カラーコーンのバリケードが囲っているのは、使用感ある資材の数々。



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こちらは新月駅から約1.3km東にある廿一踏切の工事で使われた「まわり道」の標識。
「廿一」は「にじゅういち」と読みます。
工事発注者は一ノ関保線技術センター、工事責任者はユニオン建設㈱一ノ関出張所でした。



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標識に貼られた迂回路略図によると、廿一踏切の工事期間は2021年2月22日19:30~同年2月23日6:00だった事が分かります。
線路や踏切の改良・補修工事は基本的に夜間に行ないます。
もちろん請負業者に所属する保線作業員も夜勤主体です。
略図にはバリケードや誘導員の位置も細かく記していますね。



一ノ関保線区千厩保線支区a12

その手前に置かれた鉄製トロ。
「承認番号 一保技第48号」などと書いたステッカーを貼っていますね。
「一保技」とは一ノ関保線技術センターの略記で、同センターが請負業者に対し使用を認めたトロだと分かります。



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トロには請負業者の社名を記したステッカーも貼っています。
旧千厩保線支区を借りているユニオン建設の名を表示していると思うでしょう?
ところが何と違って「㈲鎌田組」という別会社の社名を掲げているのです。



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一ノ関保線区千厩保線支区a17

この鎌田組とは旧千厩保線支区の南隣にある建設会社で、ユニオン建設の下請け業者として保線作業に携わっています。
JR東日本から見れば二次請けという訳ですね。



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旧千厩保線支区の立派なコンクリート建築に対し、鎌田組の社屋は実に簡素なプレハブ小屋です。



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保線の現場では当たり前に使われているダブルキャブトラック。
車体側面に「有限会社鎌田組」と表示しています。


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※写真は全て2022年5月2日撮影
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最終更新日 : 2022-07-09

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