タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2022-07-01 (Fri) 20:45

大船渡線千厩駅[1] 伊達政宗が濡れ衣を着せられかけた「金山一揆」

千厩駅a01

岩手県は一関市千厩町千厩字上駒場(旧:東磐井郡千厩町千厩字上駒場)にある、JR東日本の千厩(せんまや)駅。
豊かな山林が広がる旧自治体・千厩町の代表駅であり、駅の南西に中心市街地が形成されています。
千厩という地名の由来については以下の2説があります。
①全盛期の奥州藤原氏が、平泉近郊の当地に1000棟の厩舎を建てた
②奥州藤原氏が栄える前の1057年に勃発した合戦(前九年の役)で、八幡太郎義家が安倍貞任を討伐するべく奥州に出向き、雨露を凌げる岩窟に1000頭の馬を繋いだ
地元では後者が有力と考えられているそうで、千厩町観光協会が立てた「千厩地名発祥の地」の解説板も後者を書き記しています。



千厩駅a02

そんな千厩の周辺は古くから産金地帯として知られ、所在した金山は60ヶ所に上ると考えられています。
中でも矢ノ森金山は奥州藤原氏の繁栄を支えた要所で、その近くには源義経が野駆けの際に手足を洗い身を浸したという湯場もあります。

奥州藤原氏の滅亡後も金の採掘が続いた千厩。
やがて豊富秀吉が天下を取ると、秀吉の命を受けた3人の奉行が当地に派遣されてきました。
奉行らは産金の税を年1回から年3回に増やす事を宣告し、これに対して金堀り3000人が不服を唱えて白山堂(現:松澤神社)に集まり、神水を飲んで誓約を交わしました。
1594年、ここに「金山一揆」が勃発したのです。
一揆が起こるや金山肝入の白石十郎左衛門、及川十郎兵衛らは事態を収束するべく3奉行を匿い、岩出山城の伊達政宗に救援を要請。
援軍として直ちに代官の黒木肥前が駆けつけ、一揆の首謀者をすぐさま捕らえて処刑し、頭取38人についても見せしめのため磔に処して一揆を鎮圧しました。

しかしその後、気仙沼の葛西浪人・新城又三郎が「金山一揆は伊達政宗の陰謀だ」と喧伝した事から、政宗への疑惑が深まり伊達家存亡の危機に瀕する事態に。
すると白石、及川の2人は京都伏見まで証人として呼び出され、「伊達氏は無実だ」と命がけで弁明するはめになりました。



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開業当日の千厩駅を記録した写真(佐藤写真館所蔵)
千厩町史編纂委員会(2000)『千厩町史第四巻 近代編』(千厩町)p.688より引用

千厩駅は1927年7月15日、国鉄大船渡線摺沢~千厩間の延伸開業に伴い一般駅として開設されました。
1928年9月2日には千厩~折壁間が延伸開業しています。

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 千厩の停車場は、長さ560㍍、路線は、南側から貨物1番線(貨物積卸線)、貨物2番線(発送整備車及留置車収容線)、表1番線(上り列車発着線、待避貨車収容線、この間に停車場及待合室を置き乗降ホーム設置)、裏1番線(下り列車着発線)、裏2番線(解放車及整備車留置)の5線を有していた。3年9月2日、折壁駅の開通まで1年2ヵ月間は千厩駅が終点となっている。
 駅に勤務する職員は駅長、助役の他、出札兼電信掛、転轍手と駅手3、合わせて7名が勤務し、1日平均乗車人員は193名、降車人員174名、小荷物は1日平均発送6個、到着31個、貨物は1日平均23㌧、到着217㌧。1日平均収入は、旅客159円42銭、貨物は131円41銭であった、待合室は本屋16坪、乗降場6坪、乗降場上屋延長48尺、幅19尺余、乗降場延長は200尺、幅20尺5寸であった。
 構内営業としては、定期バスが清野自動車会社(清野義之助社長)が車5台と従業員8名で、千厩・門崎間を1日4回、運賃60銭で運行し、三陸自動車会社(斎藤直吉社長)は、車両19台、従業員32名で、千厩・気仙沼間を運賃2円で1日4回運行、都築自動車(都築長松)は、車両2台、従業員3名で、千厩・藤沢間を1日3回、運賃1円で運行、このほか町内を列車運行に合わせて送迎していたタクシーは5銭であった。なお駅の運送は、千厩合同運送会社(代表千菅福治)の取扱いになっていた。町内の主な物産としては、米、麦、繭、葉煙草、酒、醤油、木材、薪炭等であった、特に葉煙草は年29万貫、販売額は55万8000円で東山葉として名声を得ている。繭と共に農家の有力な収入であった。駅構内には売店も設けられており、浜名茂経営で和用紙、酒、雑貨、切手、煙草等が販売されていた。

《出典》
千厩町史編纂委員会(2000)『千厩町史第四巻 近代編』(千厩町)p.p.689,690
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1970年9月、駅舎が開業以来の木造建築から近代的なコンクリート建築に建て替えられました。
書籍『盛岡鉄道管理局25年史』(1976)によると、この建て替えは岩手国体(第25回国民体育大会夏季・秋季)の開催を期したもので、建設費用として2,500万円の利用債(特別鉄道債券)を投じました。

1972年1月1日には貨物フロントを廃止。
一般駅から旅客駅に種別変更となり、旅客・手荷物・小荷物(不配達)を取り扱う体制に移行しました。

1974年10月1日、営業範囲改正により手荷物の取扱いを廃止。
窓口営業は旅客と小荷物(不配達)に狭まりました。

1985年3月14日、ダイヤ改正に伴い荷物フロントが廃止。
窓口営業は旅客フロント(出改札・案内)のみとなりました。

1986年11月1日、ダイヤ改正に伴い大船渡線全区間の閉塞方式がタブレット閉塞から特殊自動閉塞(電子符号照査式)に変更。
千厩駅におけるタブレット交換も前日限りで終了となりました。



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1987年4月1日、分割民営化に伴いJR東日本が千厩駅を継承。

1992年12月1日には大船渡線の経営改善と活性化を目的として、全区間の各種業務(事務・営業・輸送・運転・施設・電気)を一元管理する「大船渡線営業所」が発足。
千厩駅も大船渡線営業所の管轄に入り、組織上は助役駅長が勤務する「大船渡線営業所千厩派出所」に改組されました。
なお、大船渡線営業所は2013年9月28日のダイヤ改正に伴い廃止されています。

現在の千厩駅は業務委託駅となっており、運転取扱を除く駅業務をLiViT(JR東日本東北総合サービス㈱)が受託しています。
そのため駅員が着用する制服も親会社とは異なるデザインです。
ただし業務委託化の具体的な時期は不明。
大船渡線営業所が廃止されたタイミングで外注化したのでしょうか?



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駅舎の南面は幅が広く道路に接しています。
如何にも正面側の装いですが、意外にも駅名板を一切掲げていません。



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では何処に駅名板があるのかというと、何と幅の狭い西面。
玄関の右手に切り文字看板を掲げているのが見えますよね。
駅舎の西側にはロータリーがあり、タクシーや路線バスが乗り入れます。
そしてロータリーから道路を西に進めば千厩の中心街。
それで当時の国鉄盛鉄局は駅舎の西面を事実上の「正面」と見なしたんでしょうけど、だからと言って駅名板を1ヶ所にしか付けないのは不親切な気がしますね。



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こちらが切り文字の駅名板。



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駅前ロータリーには岩手県交通と一関市営バスの停留所が置かれています。



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西口の左脇には「せんまや100人女子会」なる団体の掲示板が設置されています。
同会は子供からお年寄りまで、千厩にゆかりのある女子達がお茶やお菓子を食べながら、気軽に町の未来について語り合う会との事。
町内で開かれる催事の設営にも携わっています。
何処と無く都市伝説の「300人委員会」を彷彿とさせるネーミングですね・・・。



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西口の右脇には白ポスト。



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南口の東側にはトイレがあります。



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千厩にもススキノってあるんだね(白目)



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待合室の様子。
団体客が語り合えるようにテーブル席を設けています。



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出札窓口は待合室の隅っこから張り出すような造り。
改札口の精算所も併設しています。
窓口営業時間は7:55~16:00ですが、休憩時間をとるため一旦閉める事があります。
そこはワンオペ勤務なので致し方ないですね。



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なお、窓口営業時間中でも改札業務を省略する事があります。
待合室内にもその旨を伝える貼り紙を出しており、発車時刻が近づいたらホームに入場するよう呼びかけています。



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こちらは旧出札窓口。
出札棚に往時の面影を残していますね。
現在は窓を塞いで掲示板に転用しています。



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旧出札窓口の手前には乗車駅証明書発行機があります。
これは窓口営業時間外に旅客が使用する設備。
乗車前に発券ボタンを押して乗車駅証明書を受け取り、降車駅で駅員や車掌などに証明書を提示して精算する訳ですね。



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こちらは千厩駅長の名義で2022年3月9日に掲示した、「えきねっと」を騙るフィッシングメールに注意するよう呼びかける貼り紙。
「えきねっと」はメール等を使って利用客の個人情報を確認する事はないので、万が一メールが来ても個人情報を入力しないようご注意を。



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旧出札窓口の棚にはCS推進の一環として「お客さまの声メールボックス」を設置しています。



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これは国鉄時代に設置された物でしょうか、丸いホーロー板の注意書きです。
「スリ 置きびきにご注意下さい」と書かれています。



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国鉄時代のムードが色濃く漂う待合室ですが、その片隅には昭和の空気に似つかわしくないコーナーがあります。



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こんな田舎の駅でもポケモンがタイアップしているんですね。
ピカチュウが両手を広げて旅客を出迎えてくれます。



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大船渡線では2012年12月22日から観光列車として「POKÉMON with YOU トレイン」を運行しており、今年(2022年)はデビュー10周年の節目となります。
ピカチュウ色に染め上げたキハ100系2両を充当し、土日祝に一ノ関~気仙沼間を1日1往復しています。


長くなったので今回はここまで。



※写真は特記を除き2022年5月2日撮影
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最終更新日 : 2022-07-08

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