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2022-04-21 (Thu) 20:56

根室本線山部駅[2] 明治生まれの危険品庫と金山保線支区山部検査班

山部駅a119

引き続き上川管内は富良野市山部中町(旧:空知郡山部町市街地1条通南1丁目)にある、JR北海道の山部(やまべ)を見ていきましょう
既に駅の大まかな歴史と待合室の様子は見ましたので、今回はプラットホームと関連施設を取り上げます。



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ホーム側から3代目駅舎を眺めた様子。
北側にトイレ、南側に駅事務室の玄関があります。
簡易委託化後に建設された駅舎にも拘らず、駅事務室側の柱にはトークバックのスピーカーが付いています。
駅構内での保線作業時に列車見張員が使用する目的で設置したのでしょうか?


JR北海道 国鉄 JR貨物 廃止区間 無人駅 簡易委託駅 山部駅構内
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相対式ホーム2面2線。
全長は20m車9両分ほどです。
駅舎側が1番線で下り列車(新得・帯広・釧路方面)、駅裏側が2番線で上り列車(富良野・芦別・滝川方面)が発着します。
両ホームが向かい合う距離が短く、若干千鳥式じみています。



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両ホームを繋ぐ構内踏切。
1番線側はホームの途中に階段を設けていますが、2番線側はホーム先端にスロープを設けて収まりが良いですね。



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構内踏切には木製の敷板を配置しています。
遮断機はありませんが、LED式表示器を備えた踏切警報機は両側に設置しています。



山部駅a115

2番線は構内踏切寄りに旅客上屋を配置しています。
上屋にはツーマン時代に車掌が目視確認した出発反応標識(レピーター)が残っています。



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山部駅a117

駅舎と構内踏切の間には赤レンガのランプ小屋(危険品庫)が健在。
電力が整備されていなかった時代、灯油ランプを収納するために使った倉庫ですね。



山部駅a118

木製の扉には建物財産標が付いており、これを見ると明治44年(1911年)の建設である事が読み取れます。
山部駅が信号場として開設されたのが1900年12月2日、一般駅に昇格したのが1901年4月1日ですから、開設11年目にして漸くランプ小屋が置かれた事になりますね。
山部町役場が発行した書籍『山部町史』(1966)は初代駅舎を「粗末な小さなもの」(p.100)と評していますが、どうやら駅舎が粗末なだけでなく構内設備も暫く整っていなかったようです。
最初のうちは近隣の部外者からランプ小屋を借りていたのかも?



山部駅a106-
山部町史編集委員会(1966)『山部町史 昭和40年刊』(山部町役場)p.89より引用

こちらは初代駅舎が健在だった頃に撮影された写真。
現在に比べて1番線ホームが短く、ランプ小屋の手前で途切れていた事が分かります。

なお、山部市街では1936年11月に大火が発生。
どうやら初代駅舎も被災しており、2代目駅舎に建て替えたという経緯があったようです。
そして分割民営化後の1988年、現在の3代目駅舎が竣工しています。



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ランプ小屋の隣にはこれまた年季の入った木造平屋があります。
外壁は下見張りです。



山部駅a121

建物財産標によると小屋の正式名称は「倉庫1号」で、大火が起きる前の1935年に建設された物だと分かります。
木造でありながら大火を生き延びた貴重な存在です。
小荷物営業が健在だった頃、客から預かった荷物を保管するために使っていたのでしょう。



山部駅a122

倉庫1号の柱には「安全第一」の札が付いています。
16~17名の駅員が働いた時代を想起させてくれますね。



山部駅a111

プラットホームの大半は盛土式ですが、1番線ホーム南端の増床部分だけ桁式となっています。
床は木製の板を敷いています。



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桁式ホームの先端には階段が付いており、その先には一目で保線関係の詰所と分かる平屋があります。



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この平屋は国鉄時代、新得保線区金山保線支区山部検査班の詰所として使われていた物です。
山部検査班は新得保線区が合計9ヶ所を構えた「軌道検査班」の一つで、布部・山部周辺の線路の検査を担当していました。



国鉄新得保線区の職制・組織イメージ図(1969年4月)

かつて国鉄の保線区は換算軌道キロ5~6kmおきに、10名前後の線路工手から成る「線路班」を1班ずつ置き、2~4班の取りまとめ役として「線路分区」を構えていました。
換算軌道キロは本線軌道延長に側線軌道延長の1/3を加えたものですね。
線路班が担ってきた人力保線は随時修繕方式と言い、ツルハシを持って担当する区間を巡回し、レールやマクラギ、道床を見たり触ったりして検査を行い、異常を発見したら直ちに修繕を施すものでした。
しかし高度経済成長期に鉄道の輸送量が増大すると、それに伴い列車本数も増便された事により、保線作業の出来る列車間合が減少。
おまけに列車の速度も向上したために線路破壊が早まり、それでも運転回数が多いせいで十分な修繕の出来る時間が少ない…というジレンマを抱えてしまった訳です。

そこで国鉄施設局は「軌道保守の近代化」を計画し、線路分区に代わる現業機関として1963年4月から「保線支区」の設置を進め、限られた時間の中で集中的に検査・補修を行う「定期修繕方式」に移行していきました。
従前は混同していた検査と作業も完全に分離。
換算軌道キロ10~15kmおきに設置した「検査班」が支区長に報告した検査結果を元に、計画担当(計画助役および技術掛)が作業計画を策定し、作業助役を通じて「作業班」に修繕をさせるという業務体制に移行しています。

新得保線区でも「軌道保守の近代化」を図るべく、1966年10月1日に新得保線支区、1967年11月15日に金山保線支区を設置。
段階的に新体制へ移行し、山部検査班・金山検査班・幾寅検査班・落合検査班・新狩勝検査班・新得第一検査班・新得第二検査班・十勝清水検査班・御影検査班の計9班と、金山・新得の2作業班を設けました。



山部駅a127

国鉄施設局は1982年3月より「線路保守の改善」を敢行。
釧路鉄道管理局でも1983年11月1日に新体制へ移行しており、作業班は保線機械業務に特化した「保線機械グループ」、検査班は軌道検査に加えて工事計画と外注工事の監督を担う「保線管理グループ」に改組しました。
職名についても保線機械グループは重機保線長・重機副保線長・重機保線係の3段階、保線管理グループは保線管理長・保線副管理長・保線管理係・施設係の4段階としています。
保線管理グループは「管理室」とも称しており、「新得保線区金山保線支区山部管理室」というような呼び方になりました。

しかし国鉄施設局は分割民営化を間近に控えた1986年度、保線支区・保線駐在・分駐所(管理室)の大規模な統廃合に踏み切ります。
釧鉄局管内でも同年8月1日に支区制から管理室制に移行・縮小し、なおかつ保線区の統廃合も実施。
新得保線区は帯広保線区(現:JR北海道帯広保線所)に統合される事となり、金山保線支区は「帯広保線区金山保線管理室」、新得保線支区は「帯広保線区新得保線管理室」に改組されました。
この組織改正では換算軌道キロ10~15kmおきに分散配置していた管理室(旧検査班)も廃止の対象となり、山部管理室はおよそ19年半の歴史に幕を下ろしました。
詰所は常駐する係員こそいなくなりましたが、山部周辺で保線作業を行う際の休憩所として活用されています。



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市街地の公道から旧山部検査班詰所を眺めた様子。



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構内北側には駅の規模の割には立派なビーム(信号塔)が立っています。
2番線出発信号機の真下には踏切動作反応灯と思しき物も付いていますね。



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駅裏には貯木場があり、大量の材木が積み上げられています。
この貯木場は前回記事で抜粋した「宮田利作の思い出話」にも登場した施設で、山部が「大学村」として開拓される少し前から存在します。
山部駅の開業後、この貯木場に面して貨物線が敷かれました。
そして貨物列車に材木を積み込み、材木商のいる小樽へと発送していたのです。



山部駅a101

ホーム上の駅名標。


※写真は特記を除き2022年4月9日撮影
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最終更新日 : 2022-04-21

おはようございます😃 * by らんちゃん
「列車見張員」のワードで思い出したのですが、先日、新旭川駅ホームにいたら、数人の見慣れない作業服姿の人が。〝保線員さんかな?〝と最初思っていましたが、腕に「見張員」というのを付け(ている人を見た、気がついたのが初)、タブレットで写真を撮ったり、車両(遠軽送り込み40の2両)を見たり。車両出発後、彼ら(女性も1人)も、車で去っていきました・・・😥

Re: おはようございます😃 * by 叡電デナ22
らんちゃんさん

どうも、こんばんは。
列車見張員というのは線路内または線路付近で工事を行なう際、作業員が触車事故を起こさないよう列車の接近を見張るポジションの事です。
保線作業を行なう時、駅舎やホームの上屋などを修繕する時、架線や信号機などのメンテナンスをする時は列車見張員を配置し、作業員の安全確保に努めます。
列車見張員はJRの保線所・設備所・電気所に所属する係員のみならず、北海道軌道施設工業㈱や㈲平松建設など協力会社に所属する作業員、警備会社の従業員も担当します。
道内において非建設系で列車見張員を雇用している会社としては、大和警備保障㈱が挙げられますね。

新旭川駅ではタブレットで写真を撮っていたという事なので、多分ですが設備所の係員が駅舎の状態検査をしていたでしょうか?
その作業中に触車事故が起きる可能性があったから、列車見張員も同伴していたのだろうと思います。

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おはようございます😃

「列車見張員」のワードで思い出したのですが、先日、新旭川駅ホームにいたら、数人の見慣れない作業服姿の人が。〝保線員さんかな?〝と最初思っていましたが、腕に「見張員」というのを付け(ている人を見た、気がついたのが初)、タブレットで写真を撮ったり、車両(遠軽送り込み40の2両)を見たり。車両出発後、彼ら(女性も1人)も、車で去っていきました・・・😥
2022-04-23-09:26 * らんちゃん [ 編集 * 投稿 ]

叡電デナ22 Re: おはようございます😃

らんちゃんさん

どうも、こんばんは。
列車見張員というのは線路内または線路付近で工事を行なう際、作業員が触車事故を起こさないよう列車の接近を見張るポジションの事です。
保線作業を行なう時、駅舎やホームの上屋などを修繕する時、架線や信号機などのメンテナンスをする時は列車見張員を配置し、作業員の安全確保に努めます。
列車見張員はJRの保線所・設備所・電気所に所属する係員のみならず、北海道軌道施設工業㈱や㈲平松建設など協力会社に所属する作業員、警備会社の従業員も担当します。
道内において非建設系で列車見張員を雇用している会社としては、大和警備保障㈱が挙げられますね。

新旭川駅ではタブレットで写真を撮っていたという事なので、多分ですが設備所の係員が駅舎の状態検査をしていたでしょうか?
その作業中に触車事故が起きる可能性があったから、列車見張員も同伴していたのだろうと思います。
2022-04-23-22:52 * 叡電デナ22 [ 編集 * 投稿 ]