タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2022-01-23 (Sun) 16:03

香椎花園に展示されていた西鉄北九州線の保存車両達

西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a01

福岡市東区香住ヶ丘7丁目にあった、西日本鉄道の直営遊園地「香椎花園」。
同園は福岡市内唯一の遊園地で1938年4月、西鉄の前身に当たる博多湾鉄道汽船㈱が「香椎チューリップ園」として開業しました。
香椎チューリップ園は九州で初めてチューリップを栽培した施設です。
西鉄も社員の食糧自給に取り組む事となり、香椎チューリップ園を農園に転用しました。

戦後の1956年4月には遊園地として改装オープンし、その時に香椎花園へと生まれ変わりました。
折りしも高度経済成長期の真っ只中、多くの行楽客で賑わうようになりましたが、1986年から入場者数の減少に歯止めが効かなくなっていきました。
2000年代には毎年1億円もの赤字を計上した事から、再起を賭けて2008年12月31日から改装工事に着手。
2009年3月7日に「かしいかえん シルバニアガーデン」としてリニューアルオープンしました。
その後も改装を重ねてイメージアップを図りましたが、少子化とレジャーの多様化で客離れに拍車がかかります。
とどめを刺したのは2020年1月、日本に上陸した新型コロナウィルス。
外出自粛や3密回避が大打撃となり、遂に2021年12月30日を以って65年の歴史に幕を下ろしました。
前身の香椎チューリップ園時代から通算すると、実に83年の歴史を刻んできた事になります。


西日本鉄道 西鉄 JR九州 筑豊本線 博物館 路面電車
西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a04

そんな香椎花園には2両の路面電車を静態保存する「レトロ電車パーク」なるコーナーがありました。
2両とも車体塗装はマルーンとベージュのツートンカラー。
このカラーリングは昭和の頃、西鉄が標準色として鉄軌道の各車両に施していたものです。
そして2両の路面電車は、かつて北九州市内に敷かれていた「西鉄北九州線」を走った車両です。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a03

西鉄は福岡・北九州・大牟田の各市内に軌道線を敷いていました。
このうち北九州市内に存在したのが西鉄北九州線。
厳密には北九州本線・戸畑線・枝光線・北方線の4路線を総称し「北九州線」と呼びました。
前身は1908年12月17日に設立された九州電気軌道㈱と、北方線の始祖に当たる1906年6月1日設立の小倉軌道(名)。
九州電気軌道は1932年12月21日、門司築港㈱から田野浦線の運営を受託して北九州本線との直通運転を実施しました。

西鉄北九州線は総延長44.3kmを誇り、そのうち過半数の29.4kmを占める北九州本線は市内を東西に縦断。
元々、北九州市は1963年2月10日に門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・若松市が合併し発足した自治体で、北九州線も各都市を結ぶ「インターアーバン」として整備されたのです。
インターアーバンとはアメリカで生まれた都市間電気鉄道の事で、市街地において併用軌道、郊外において専用軌道を敷設するという特徴があります。
日本においては阪神電鉄が国内初のインターアーバンとされており、開業当初は道路上にも線路を敷いていました。
それを参考にした西鉄北九州線も併用軌道と専用軌道を組み合わせており、停留所間の距離が長いため路面電車としては比較的高速でした。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a23

交通の要衝であり食品工場も多い門司、城下町をルーツに持つ繁華街・小倉、製鉄所を構えた八幡と戸畑、筑豊炭田の石炭積出港・若松。
これら5都市により構成された「北九州工業地帯」は、日本四大工業地帯の一つに数えられます。
隆盛を極める工業地帯において、市民の生活の足として活躍したのが西鉄北九州線です。
1953年10月17日には大量輸送に対応するべく連接車1001形を導入しました。

1956年3月21日に筑豊電気鉄道が開業すると、北九州線との相互直通運転を開始。
これでインターアーバンは更なる拡大を見せ、1959年9月18日には直方市まで乗り入れるようになりました。
1962年には1001形の3車体連接化を開始し、同年11月26日に1054編成、翌1963年12月3日に1055~1057編成を新造。
既存の2両編成についても中間車を組み込む事とし、1963年9月27日に1045C、翌1964年5月30日に1052C・1053Cの計3両を増備しています。
なお、1001形の3両編成は制御電動車A+中間付随車C+制御電動車Bの順番で組成していました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a21

しかし1965年以降はモータリゼーションの進展により業績が悪化。
1970年8月20日からボギー車を対象にワンマン運転を開始するなど、様々な合理化策を図りました。
ところが製鉄所の事業規模縮小というダブルパンチに見舞われ、事態が好転する事はありませんでした。
そして1973年1月5日から部分廃止を重ねるようになり、1992年10月25日には遂に併用軌道区間が全滅。
残された黒埼駅前~折尾間5.1kmも2000年11月26日を以って廃止、これで西鉄北九州線94年の歴史に終止符を打ちました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a05

では保存車両を見ていきましょう。
こちらは北方線用の323形324号車。
北九州線の軌間は九州電気軌道を前身とする本線・戸畑線・枝光線の3路線が標準軌(1,435mm)で、小倉軌道を前身とする北方線のみ狭軌(1,067mm)でした。
そのため車体幅も北方線だけ狭く取られていました。

下1桁が「3」という中途半端な形式名ですが、実は「321形」という先輩車種が存在し、その連番で仕様を変えて増備したから「323形」になったという訳です。
321形は北方線初のボギー車として1948年、日本鉄道自動車工業㈱で2両が製造されました。
当時、日本鉄道自動車工業は山陽電気軌道(現:サンデン交通)501形の製造を受注しており、その注文流れ品を西鉄が買い取って321形にしたと伝えられています。
写真を見比べると方向幕窓に相違こそあれ、なるほど確かにそっくりな車体です。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a09

それから8年後、西鉄が東洋工機㈱に発注して作らせたのが323形です。
1956年に2両がデビューしました。
四角い車体に3枚窓の顔という路面電車が多い時代にあって、323形はデザインを大幅に刷新。
玉子を連想させる流線型のフォルムに、運転台を出っ張らせるように絞り込んだ前面というスリムな風貌です。
その車体はバスの車体工法を用いて製造した軽量ボディで、側面にはコルゲート加工を施しています。
しかし北方線では翌1957年から連接車331形を集中増備する事になったため、323形の製造は初年度の2両に留まりました。

北方線の車両は最後までワンマン化される事なく、1980年11月2日に路線の廃止を迎えました。
323形2両のうち324号車は土佐電鉄(現:とさでん交通)に譲渡され、イベント時のツーマン運転や花電車に充当。
1985年8月からは「カラオケ電車」に変身を遂げ、貸切電車や夏限定のビアホール電車として運行されました。
2007年5月付で廃車となってから暫く桟橋車庫に留置されていましたが、2008年2月に北九州線車両保存会が引き取り福岡県への帰郷が実現。
2012年7月12日に香椎花園で一般公開を開始しています。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a06

真正面から眺める324号車の顔。
絞り込んだ車体の形状に合わせ、フロントガラスは台形を描いています。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a07

西鉄市内電車の方向幕窓はやけに小さめ。
赤地に白抜きで「北方」の行先を表示しています。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a08

テールランプは絞り込み部分に設置。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a10

2両目は本線系統(戸畑線・枝光線を含む)を走った601形621号車。
601形は1950年~1953年の4年間に渡り、計50両が新造されました。
その車体は1950年に車体更新を施した在来車66形と同じデザインを採用しています。
北九州線の顔と言われるほどの主力で、同線の全廃まで活躍しました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a11

621号車は1952年4月19日、近畿車輛㈱で落成しました。
同日には近畿車輛と新潟鉄工所を合わせ、延べ32両もの同胞が誕生しています。
1970年8月20日にワンマン化。
1981年以降は骨組みの強化、インテリアの更新、冷房化といった改造が為され、車体塗装も白を基調に赤帯と青帯を引いたデザインに変わりました。
北九州線の営業最終日である2000年11月25日には「さよなら電車」を務め、飾り付けを施した姿で5.1kmの線路を駆け抜けました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a12

621号車を真横から眺めます。
屋根上の冷房装置が残されていますね。
引退後暫くは北九州線車両保存会が筑前山家駅前で静態保存しており、2009年に塗装を西鉄旧標準色に復元しました。
2012年に香椎花園へ移設し、324号車と同じ7月12日に一般公開を開始しました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a13

真正面から眺めた621号車。
こちらも方向幕窓が小さめ。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a14

方向幕は「折尾」を示しています。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a15

運転士側にはワンマン運転用のバックミラーが付いています。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a16

ドアの脇には「ワンマン出口」の札も残っていました。
しかし「ワンマン入口」の札は現存せず。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a17

昔懐かしいシルバーシートのマーク。
最近の若い人達はピンと来ないでしょうね。
優先席をシルバーシートと呼んだ時代があるんですよ。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a18

レトロ電車パークには何故かレトロな郵便ポストも置かれていました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a19

奥には古い信号機も。
北九州線の専用軌道で使われていた物でしょうね。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a20

車内も開放していると聞いたので楽しみにしていたのですが、残念ながら全く開放される気配はありませんでした。
どうも車体の手入れをしている最中だったらしく「準備中」との表示が出ていました。
私が訪問した後もずっと車内公開をしていなかったそうですが、2021年12月には閉園間近のスペシャルイベントとして久しぶりに開放されました。



西鉄市内線の保存車両(香椎花園)a22

気になるのは保存車両達の今後。
北九州線車両保存会によると香椎花園の閉園後、半年程度を目途に移設し保存を継続する予定だそうです。
移設先についてはまだ発表できる段階ではないとの事で、移設後も保存車両を公開できるかは分かりません。
もしかしたら筑前山家駅前に戻る可能性も?
実は今も筑前山家に501形507号車と西鉄バスのカマボコ(西日本車体工業42MC)が置かれているんですよね。
なので保存車両を1ヶ所に結集させる事も十分にあり得ると思うんですよ。
続報が待ち遠しいです。


※写真は全て2019年11月4日撮影
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最終更新日 : 2022-01-23

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