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2022-01-03 (Mon) 16:47

旭川駅新駅舎10周年記念パネル展を観覧する[1]

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引き続き2021年11月23日に開催された「旭川駅新駅舎グランドオープン10周年記念イベント」の模様を取り上げましょう。
7番線ホームの東端で急行宗谷・急行礼文の復刻2両を見送った後、東改札口よりラッチ外に出ました。
車両展示会は12:15を以って終了しましたが、記念イベントの閉幕まではまだまだ4時間近くあります。
次は1階南コンコースで開催中のパネル展を見に行きましょう。



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改札口前の東コンコースにも新駅舎10周年を祝う横断幕が掲出されています。



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東口(氷点橋方面)の手前にはキハ40-1791「紫水号」、261系5000番台「はまなす編成」の顔ハメ看板が置かれていました。
紫水号は助士側の窓も開いており、2人並んで記念写真が撮れるようになっています。


JR北海道 国鉄 JR貨物 臨時列車 函館本線 宗谷本線 富良野線 石北本線
旭川駅新駅舎10周年記念イベントa404

旭川観光物産情報センターの手前には、ストリートピアノならぬ「駅ピアノ」が設置されていました。



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この駅ピアノは旭川市役所の地域振興課が、JR北海道の協力を得て2021年5月8日から設置した物です。
正式名称は「駅ピアノあさひかわ」。
旭川市では1929年より毎年6月に「北海道音楽大行進」というマーチングバンドの祭典を開催しており、全道から4,000人もの参加者が集う一大イベントとなっています。
また、1953年~1958年の5年間に渡って市内の啓明小学校・北星中学校・旭川北高校が合唱コンクールで全国入賞を果たし、これをきっかけに「音楽のまち旭川」を標榜するようになったそうです。
「駅ピアノあさひかわ」も駅の利用者が音楽に身近に触れ、駅舎への親しみを湧かせて利用促進を図るべく設置しました。
奇しくも当日は駅ピアノのラストスパート。
4代目駅舎が10周年を迎えると共に、その役目を終える事になりました。



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駅ピアノを撮影したら南コンコースへ。
東側には「JR富良野線連絡会議 鉄道絵画コンクール」の受賞作品を展示しています。



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子供達が描いた鉄道絵画の背後は、JR北海道旭川支社による写真パネル展の会場です。



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この写真パネル展は旭川市博物館・旭川市中央図書館も協力しており、初代駅舎から現在の4代目駅舎に至るまで、旭川駅の歴史を写真で辿れるようになっています。
展示写真をじっくり眺めていきましょう。



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こちらは1898年7月の開駅当時に撮影された初代駅舎の写真ですね。
高い三角屋根を持つ平屋の木造建築で、その左側には貨物上屋、右側には荷扱所と思しき小さな別棟があります。



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旭川駅開業式典の写真もありました。
駅前広場に立てたポールからは無数の万国旗が放射状に広がり、カメラの手前には日の丸をでかでかと掲げています。
駅舎の玄関前には神職らしき装束を纏った人達も見えますね。



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こちらは旭川駅と時を同じくして開業した旭川工場の様子。
建屋には巨大な日本国旗を掲げ、外壁を紅白の幕で覆っています。
なお、旭川工場は国鉄本社が1973年9月1日に実施した工場再編成により、「苗穂工場旭川車両センター」に改組。
国鉄末期の1985年12月1日を以って87年の歴史に幕を下ろしましたが、その施設は「苗穂工場鉄工職場事業開発旭川派出所」に転用されました。
事業開発旭川派出所は鉄道に代わる新事業として、国鉄の社用車を含めた自動車の車検・分解整備に取り組みました。
道外では広島運転所や門司機関区も自動車整備業に挑戦していました。
しかし事業開発旭川派出所は軌道に乗らず、1987年3月31日を以って廃止になりました。
旭川工場が有した諸施設のうち、赤レンガ2棟は解体を免れ「旭川市市民活動交流センター CoCoDe」に生まれ変わっています。

ちなみに苗穂工場鉄工職場は1987年4月1日、JR北海道の発足に伴い工場の課制・職場制が撤廃されたため苗穂工場鉄工科に改組。
従来の職場長(駅長・区長等に相当する管理職)に代わり、「鉄工科長」の担務指定を受けた助役1名が統率する体制に移行しました。
鉄工科はブレーキシューなど鋳物の製造、車体の修繕・溶接、ディーゼル機関車の運転を含む構内入換業務などを担当してきましたが、札幌工営㈱及び札幌交通機械㈱への業務委託化に伴い2003年4月1日付で廃止されています。



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旭川駅の初代駅舎は1904年に増築工事を実施。
竣工は同年11月で、増床によって左右の屋根が大きく張り出しました。
上の写真は増築落成当時の初代駅舎です。



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こちらは2代目駅舎。
旭川駅が発行した記念誌『開駅70周年記念』(1968)によると1913年7月1日の落成で、遂に2階建てとなりました。
左右対称の切妻屋根を構えた勇壮な姿で、屋根の中央には大時計を設けていました。



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2代目駅舎時代にホームで撮影された一コマ。
「附近案内」の看板に書かれた「第七師團 北西一里」の文言に時代を感じます。
戦前の旭川は陸軍第七師団の本拠地で、日本有数の「軍都」としてその名が知られました。
現在は自衛隊第7師団の駐屯地がありますが、「第七」の読みは陸軍時代が「だいしち」なのに対し、自衛隊では「だいなな」を正式な読みと定めています。



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こちらは2代目駅舎の脇にあった改札口の様子。
構内にはバス窓のキハ20系が停まっている事から、1957年~1960年の間に撮影された物と推察します。
パネルの解説は「旭川駅改札口前」としていますが、屋外の設置である事と、パイプのラッチがホームを向いている事から、実際には「集札口」だったのではないでしょうか?
国鉄時代、ある程度の規模の駅では列車到着時の改札をスムーズにこなすため、駅舎内の改札口とは別に降車専用の集札口を設けるケースが多々ありました。



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集札口から市街地へと一様に歩いていく通勤客。
改札口と集札口の区別により乗降の動線が入り乱れず、改札掛の負担も軽減しました。



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駅前広場は公園に整備され、1体のヴィーナス像が2代目駅舎の方を向いていました。



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1960年6月3日には3代目駅舎が一次開業。
この駅舎は国鉄と地元企業の共同出資によって建設された「民衆駅」で、一次開業と共に「旭川ステーションデパート」が開店しました。
道内に建設された民衆駅は旭川駅、札幌駅、帯広駅、釧路駅の計4ヶ所があり、このうち釧路駅は民衆駅時代の駅舎が現存しています。



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3代目駅舎は1960年7月1日に全面開業を果たします(※6月30日竣工とする説があるが間違い)。
1961年12月15日には駅前広場もリニューアルし、正面左側に大きなロータリーを構えました。
1962年12月25日にはステーションデパート地下フロアの改札口が落成し、ホームとの行き来がグッと楽になりました。



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旭川駅前の定点対比もありました。
こちらは1979年当時の旭川駅前。
「旭山動物園4/29開園」との広告看板が立っているので、どうやら冬季営業から夏季営業に切り替える準備期間中だったようです。



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1984年当時の旭川駅前。
3代目駅舎の屋根に「北海道の家 耐雪ハウス」との広告看板が立っていますが、この耐雪ハウスとは㈱木の城たいせつの旧社名ですね。
耐雪ハウス㈱は「無落雪建築」を手がけてきた山口昭さんが1974年に設立。
当初は札幌に本社を構えていましたが、1989年の社名変更と共に栗山町に本社を移転しました。
飛ぶ鳥を落とす勢いのハウスメーカーでしたが、2000年代には売上が激減。
2008年3月に倒産した後、一部の元役員・元社員達は滝川で㈱木の城しんせつを起業し、腕を振るっています。



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1989年当時の旭川駅前。
耐雪ハウスが「木の城たいせつ」に社名変更して間もない頃で、駅舎の広告看板が新調されています。
TVCMも懐かしいですね。
駅前交差点に設置された「はまなす国体」の看板にも時代を感じます。




ちなみにこちらが木の城たいせつのCMです。
1990年代~2000年代初頭はしょっちゅう放映されていましたね。



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1996年当時の旭川駅前。
この5年前の1991年9月、HBC(北海道放送)が3代目駅舎に直結するかたちで旭川放送局を移転オープン。
駅舎と繋がったTV局と言うのは、全国探しても大変珍しいのではないかと思います。
留萌駅は2階にコミュニティラジオ局(エフエムもえる)が入居していますけどね。



まだまだパネル展は見所満載ですが、長くなったので今回はここまで。




※写真は2021年11月23日撮影
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最終更新日 : 2022-01-23

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