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2021-10-30 (Sat) 23:47

函館本線岩見沢駅[14] 駅構内西側に現存する国鉄時代の建築群

岩見沢駅本屋信号扱所a101

引き続き空知管内は岩見沢市有明町南にある、JR北海道の岩見沢(いわみざわ)駅を取り上げましょう。
第1回~第3回の記事では「鉄道の町・岩見沢」の象徴と言える岩見沢駅の大まかな歴史を、附属施設である岩見沢操車場と共に解説。
第4回からは複合駅舎(4代目駅舎)を眺め、合築の市営施設「有明交流プラザ」も紹介しました。
第8回からはラッチ内へと足を踏み入れ、3面あるプラットホームを全て観察。
第13回では駅構内西側に現存し、2021年現在は岩見沢保線所・岩見沢電気所が入居する「岩見沢駅本屋信号扱所」を紹介しました。
今回も駅構内の様子を見ていきましょう。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢電気区 岩見沢電力支区 岩見沢信号支区 岩見沢通信支区 車両基地
岩見沢駅本屋構内西側ad20
JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢電気区 岩見沢電力支区 岩見沢信号支区 岩見沢通信支区 車両基地
岩見沢駅本屋構内西側ad01

前回紹介した旧・岩見沢駅本屋信号扱所の付近には、これまた古めかしい国鉄時代の鉄道建築がひしめいています。
本屋信号扱所前から引込線に沿って北2条通まで延びる砂利道からも、これら建築群を眺める事が出来ます。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢客貨車区 岩見沢運転所 車両基地 本屋構内 岩見沢操車場
岩見沢駅本屋構内西側ad02

一帯は部外者立入禁止の「鉄道用地」となっており、建築物の数々を接近して見る事は叶いません。
しかしこの鉄道用地、実はGoogleマップでストリートビューが構築されているのです。
おそらくはJR北海道の保線所や電気所から仕事を受注している請負業者が、受注先の事務所に用事がある時などに迷わず行けるよう配慮したのでしょう。
工事入札も保線所や電気所の事務室に業者を集めて行なう事がありますからね。

同様に鉄道用地内のストリュートビューが存在する例としては他にも、根室本線帯広貨物駅の構内道路(もちろん関係者以外通行禁止)が挙げられます。
帯広貨物駅構内には帯広保線所や釧路電気所帯広派出所があるので、これも工事関係者の便宜を図って作られたものだろうと思います。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢電気区 岩見沢電力支区 岩見沢信号支区 岩見沢通信支区 車両基地
岩見沢駅本屋構内西側ad03

そんな訳でストリートビューを活用し、岩見沢駅構内西側のバーチャル見学といきましょう。
引込線の踏切から鉄道用地にイン。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢保線所 岩見沢保線管理室 岩見沢電気所 岩見沢駅本屋信号扱所
岩見沢駅本屋構内西側ad04

旧本屋信号扱所の右手に目を向けると・・・なんだこの階段はぁ!
実はこれ、アンダーパスの歩道へと繋がる社員専用の階段です。
線路の南方から徒歩通勤する社員の便宜を図って作られたものですね。



岩見沢駅本屋構内西側ad05

旧本屋信号扱所の左手には、緩やかな腰折れ屋根を持つ2階建てモルタル建築があります。
どうやら本屋信号扱所の新休養室として1981年12月8日に落成したようです。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢電気区 岩見沢電力支区 岩見沢信号支区 岩見沢通信支区 車両基地
岩見沢駅本屋構内西側ad06

これは物置の類でしょうか、ひび割れたモルタル壁と窓の無い引き戸を持つ木造建築です。
屋根の直ぐ下に小さな窓を2つ配置していますが、2階建てにしては微妙に低め。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢電気区 岩見沢電力支区 岩見沢信号支区 岩見沢通信支区 車両基地
岩見沢駅本屋構内西側ad07

その隣に建つのは国鉄時代、岩見沢電気区の本区事務室として使われていた事務所棟。
岩見沢電気区解体後は岩見沢信号通信区の本区事務室と、その業務分掌機関である岩見沢第一信号通信支区・岩見沢第二信号通信支区が入居しました。
岩見沢電気区等の組織の変遷については前回記事に書きましたので、そちらをご参照ください。


JR北海道 国鉄 JR貨物 岩見沢電気区 岩見沢電力支区 岩見沢信号支区 岩見沢通信支区 車両基地
岩見沢駅本屋構内西側ad08

旧岩見沢電気区の東側には、一目で増築と分かるブロック造りの平屋がくっついています。


JR北海道 国鉄 JR貨物 札幌建築区岩見沢建築支区 札幌設備所 札幌建築所
岩見沢駅本屋構内西側ad09

こちらは札幌建築区岩見沢建築支区の事務所として使われていたコンクリート建築。
岩見沢建築支区は1950年5月1日、保線区から建築物の保全業務を分離し発足した札幌建築区岩見沢派出所をルーツに持ちます。
1965年12月1日には全国各地の建築保全業務が保線区から完全に分離し、同時に建築区も支区制へと移行。
札幌建築区岩見沢派出所も右ならえで札幌建築区岩見沢建築支区に改組され、担当エリア内に建築検査班を分散配置して駅舎・車庫・事務所・官舎・鉄道診療所など各種建築物の保守に当たりました。

1985年4月1日、国鉄本社が「建築保守体制の改善」施策の完全移行に踏み切りました。
この施策はデータ管理によって建築物の劣化状況を定量的に把握し、なおかつ「劣化度診断」の導入によって検査体系の見直しを図るなどしたものです。
建築物の小規模な修繕については一括契約により工事業務の効率化を図っており、これらの取り組みによって支区業務を本区事務室に一本化しました。
もちろん岩見沢建築支区も廃止の対象となり、その業務を札幌建築区の本区事務室が引き継いでいます。
札幌建築区は分割民営化に伴いJR北海道が継承し、1990年3月12日の組織改正によって札幌建築所に改称。
その後は工務関係業務の見直しにより、札幌機械所(旧:札幌機械区)と合併して「札幌設備所」となって現在に至ります。


JR北海道 国鉄 JR貨物 札幌建築区岩見沢建築支区 札幌設備所 札幌建築所
岩見沢駅本屋構内西側ad10

旧岩見沢建築支区の廃止から35年以上が経過しましたが、建物自体は現在も何らかの用途に活用されているようです。
ガレージの中には社用車が格納されています。


岩見沢保線所岩見沢保線管理室講習室 岩見沢保線区
岩見沢駅本屋構内西側ad11

こちらの2階建てコンクリート建築は、岩見沢保線所岩見沢保線管理室が「講習室」として使っています。
岩見沢保線管理室は国鉄末期の1986年8月1日、岩見沢保線区岩見沢保線支区を縮小改組した業務分掌機関です。
その担当業務は岩見沢近郊における日常的な軌道検査とこれに伴う簡易な修繕作業、検査データを基にした工事計画、外注工事の立会い・監督です。

JR北海道の各保線所では基本的に、在籍係員や請負業者に対する安全教育・技術指導を本所事務室の「管理テーブル」に担当させています。
管理テーブルは管理助役を筆頭とする部門で、安全教育・技術指導の他には関係各所との打ち合わせによる工事スケジュール調整、運転取扱に係る各種手続き、関係者への情報周知などを行なっています。
しかし岩見沢保線所の場合、下部組織である岩見沢保線管理室にも講習室を設けて後進の教育に注力している模様。


岩見沢保線所岩見沢保線管理室講習室 岩見沢保線区
岩見沢駅本屋構内西側ad13

岩見沢保線管理室講習室の隣に置かれたガレージ。
講習室1階にも車庫が納まっている様子からして、おそらく国鉄後期は札幌電力区の業務分掌機関である岩見沢第一電力支区または岩見沢第二電力支区の拠点だったものと思われます。



岩見沢駅本屋構内西側ad12

その真向かいにはコンクリートブロック造りの資材庫が残っています。
今も資材庫として活用されているのでしょうか?



岩見沢駅本屋構内西側ad15

線路脇にはトタン板のガレージがあります。



岩見沢駅本屋構内西側ad14

講習室前から更に東に進むと、そこは廃材置き場。
新品に取り替えて不要となった踏切の部品などが転がっています。



岩見沢駅本屋構内西側ad16

廃材置き場の先にも建物。
ストリートビューはまもなく行き止まりにぶち当たります。



岩見沢駅本屋構内西側ad17

行き止まりには全体の1/6だけ2階建てのブロック建築があります。
この建物の西側にはJR北海道の第一労組・北海道旅客鉄道労働組合の岩見沢支部が入居しています。
同労組はJR総連(全日本鉄道労働組合総連合会)に属しており、会社発足当初に「北鉄労」を公式の略称としていました。
1989年4月1日には小田裕司さんの2代目執行委員長就任に合わせ「JR北海道労組」へと公称を改めていますが、現在も部外者からは旧称の「北鉄労」で呼ばれる事が多いです。
同じJR総連系ではJR東労組(東日本旅客鉄道労働組合)も「東鉄労」、JR貨物労組(日本貨物鉄道労働組合)も「日貨労」を当初は名乗っていました。

労使協調路線の旧鉄労派(鉄道労働組合)が離脱した後は旧動労派(国鉄動力車労働組合)が覇権を握っており、一昔前は相次ぐJR北海道の不祥事と共に労使対立が広く取り沙汰されました。
ちなみに北鉄労の初代執行委員長を務めた金川哲夫さんは鉄労出身でしたが、動労出身の小田裕司さんが執行委員長の座を引き継いでからは動労のカラーを強めていったそうです。



岩見沢駅本屋構内西側ad18

同じ建物の東側にはJR北海道労働組合岩見沢支部が入居しています。
同労組は北鉄労を離脱した旧鉄労派が北海道鉄産労、国労穏健派と合流し発足に至ったもので、JR連合(日本鉄道労働組合連合会)に属しています。
公称は「JR北労組(きたろうそ)」です。
北鉄労と北労組は敵対関係にあり、同じ建物に入居する様はまさに「呉越同舟」です。



岩見沢駅本屋構内西側ad19

第三ホーム(6・7番線)からも労組詰所を眺める事が出来ます。


札幌情報区岩見沢派出所 札幌電務区 国鉄 JR北海道 岩見沢電話交換所1号
札幌情報区岩見沢派出所a01

こちらは駅構内からちょっとはみ出しますが、旧本屋信号扱所とは踏切を挟んで真向かいにある施設です。
建物の裏手には通信塔が聳え立っています。


札幌情報区岩見沢派出所 札幌電務区 国鉄 JR北海道 岩見沢電話交換所1号
札幌情報区岩見沢派出所a02

風雪を受け続けてボロボロになったコンクリート建築。
ここは国鉄末期の1980年4月1日に開設された「札幌情報区岩見沢派出所」だった施設です。

それが1965年3月15日、全国各地の主要駅における電信電話業務を専門の現業機関である「電務区」に一斉移管する事となり、岩見沢駅についても電信電話業務を札幌電務区へと移管したのです。
これに伴い岩見沢駅の電信室・電話交換室は全廃されました。


国鉄 職制 情報システム関係職員の職名及びおもな職務内容 指揮命令系統 情報区
国鉄における情報区の職制
国鉄における情報区の職制(1980年4月~1985年6月)
日本国有鉄道職員局職員課(1982)『日本国有鉄道職制集 昭和57年3月』p.p.84,85より引用

電信電話業務は1977年6月1日、更なる脱皮を遂げました。
札幌鉄道管理局・仙台鉄道管理局・東京南鉄道管理局・名古屋鉄道管理局・大阪鉄道管理局・門司鉄道管理局の計6局を対象に、経理部コンピュータ課と電気部電務部門の統合により「情報管理室」を立ち上げました。
この組織改正によって電務区が「情報区」に改組し、情報管理室との連携によってコンピュータシステムの計画・開発・運用を一元化する体制を構築しました。
札幌電務区も「札幌情報区」に名を改めています。

その後、国鉄当局は電話交換業務の適正化を図るべく、鉄道電話の自動化、併合交換化、情報案内(テレフォンガイド)の導入などを実施。
1979年度までに全国387ヶ所の電話交換機が自動化されると共に、1980年4月1日の職制改正に伴い全国の電務区が情報区に改組されました。
その業務は情報システムの運用管理が主となり、係職についても運用SEを運用管理主任・運用管理係・情報運用係・情報係の4段階に分けて配置しました。


札幌情報区岩見沢派出所 札幌電務区 国鉄 JR北海道 岩見沢電話交換所1号
札幌情報区岩見沢派出所a05

そんな取り組みを重ねる中、札幌情報区岩見沢派出所は自動電話交換機を分散配置する目的で開設されたといいます。
助役が区長代理として勤務するいわゆる「助役派出所」で、計8名という少人数で自動電話交換機の運用管理に当たりました。



札幌情報区岩見沢派出所a03

玄関脇には札幌設備所によって「吹付アスベスト使用建物」の標識が付けられています。
これによると建物としての正式名称は「岩見沢電話交換所1号」で、間取り図には詰所・トイレ・洗面所・試験室・交換室・電源室・エンジン室が明示されています。

現在、岩見沢電話交換所1号は無人交換所と化しています。
しかし札幌情報区岩見沢派出所の具体的な廃止時期は不明。
国鉄当局は1985年7月に情報区を鉄道管理局のコンピュータ部門(情報管理室)に統合し、非現業と現業を融合した「情報システム室」に改組したので、少なくともその頃には廃止されたのだろうと考えられます。


長くなったので今回はここまで。


《ブログ内関連記事リンク》
函館本線岩見沢駅[14] 構内西側に現存する国鉄時代の建築群


※写真は特記を除き2020年11月24日撮影
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最終更新日 : 2021-11-03

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