引き続き空知管内は滝川市江部乙町西12丁目(旧:空知郡江部乙町西12丁目)にある、JR北海道の江部乙(えべおつ)駅を見ていきましょう。
駅の大まかな歴史と待合室の様子は、前回記事で取り上げたとおりです。
今回はプラットホームの風景を見ていきましょう。
JR北海道 国鉄 JR貨物 函館本線 駅舎 無人駅
JR北海道 国鉄 JR貨物 函館本線 駅舎 無人駅
ホーム側から駅舎を眺めた様子。
列車を待つ客が雨宿りできるように庇を設けていますが、この手の庇にしては短めです。
JR北海道 国鉄 JR貨物 函館本線 駅舎 無人駅 改札口 集札箱 きっぷ受箱
JR北海道 国鉄 JR貨物 函館本線 駅舎 無人駅 改札口 集札箱 きっぷ受箱
改札口の様子。
以前は2枚引き戸にパイプのラッチを設けていましたが、2016年の改修工事によってラッチが撤去され、1枚開き戸に交換されました。
右脇には集札箱(きっぷ受箱)が設置されています。
JR北海道 国鉄 JR貨物 函館本線 駅舎 無人駅 駅事務室 運転事務室 信号てこ扱所
こちらは駅事務室の玄関。
隣の運転事務室は窓を出っ張らせて、閉塞装置を取り扱う当務駅長が駅構内を見渡せるようにしています。
JR北海道 国鉄 函館本線 駅舎 運転事務室 信号てこ扱所 信号テコ扱所 テコ小屋
JR北海道 国鉄 函館本線 駅舎 運転事務室 信号てこ扱所 信号テコ扱所 テコ小屋
運転事務室の右脇には単線時代、信号テコ扱所を設けていたスペースがあります。
かつてはここに駅構内の信号機を制御するレバーが置かれ、当務駅長が操作していたんですね。
なお前回記事でも触れたとおり、江部乙駅の複線化は1965年9月29日に深沢(信)~江部乙間、1966年9月24日に江部乙~妹背牛間と2回に分けて実施されました。
JR北海道 国鉄 函館本線 駅舎 運転事務室 信号てこ扱所 信号テコ扱所 テコ小屋
対岸から駅事務室の玄関、運転事務室の窓、信号テコ扱所跡を眺めた様子。
JR北海道 国鉄 函館本線 駅舎 駅事務室 灯油タンク
駅舎南面の勝手口前には灯油タンクが設置されています。
JR北海道 国鉄 函館本線 駅舎 駅事務室 灯油タンク 少量危険物貯蔵取扱所
灯油タンクに付いた「少量危険物貯蔵取扱所」の標識を見ると、責任者を「JR深川駅副駅長」と明示しています。
深川駅では副駅長が設備助役(駅構内の建築物・機械設備を管理する担当助役)を兼ねているという事が分かりますね。
JR北海道 国鉄 函館本線 江部乙駅構内 国鉄型配線 プラットホーム 単式ホーム
JR北海道 国鉄 函館本線 江部乙駅構内 国鉄型配線 プラットホーム 島式ホーム
JR北海道 国鉄 函館本線 江部乙駅構内 国鉄型配線 プラットホーム 島式ホーム
JR北海道 国鉄 函館本線 江部乙駅構内 国鉄型配線 プラットホーム 島式ホーム
プラットホームは単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を組み合わせた、いわゆる「国鉄型配線」です。
駅舎側から1番線は上り本線(滝川・岩見沢・札幌方面)、2番線は普通列車・貨物列車が特急の待避に使う上下副本線、3番線は下り本線(深川・旭川方面)となっています。
ホーム全長は単式ホームの方がやや短く20m車8両分ほど。
島式ホームは2番線のみ妹背牛方が少し切り崩されており、2番線で20m車9両、3番線で20m車10両が収まる程度の長さです。
跨線橋 プラットホーム 国鉄型配線 江部乙駅構内
跨線橋 プラットホーム 国鉄型配線 江部乙駅構内
両ホームを繋ぐ跨線橋。
1番線側の出入口には風除けの衝立を設けています。
跨線橋 プラットホーム 国鉄型配線 江部乙駅構内
1番線側の外壁に付いた銘板を見ると、跨線橋の設計者は国鉄旭川鉄道管理局施設部工事課、施工者は旭川市4条通10丁目に本社を構える㈱廣野組だと分かります。
工事に着手したのは1954年11月14日、竣工したのは1955年2月1日です。
島式ホームの跨線橋手前には旅客上屋があります。
JR北海道 国鉄 函館本線 江部乙駅構内 プラットホーム 貨物ホーム 貨物積卸線
JR北海道 国鉄 函館本線 江部乙駅構内 プラットホーム 貨物ホーム 貨物積卸線
1番乗り場の滝川方には貨物ホームが残っています。
国鉄時代はここにも線路が敷かれ、貨車の入換作業や積卸作業が行われていたんですね。
江部乙駅構内 留置線 側線 江部乙駅裏
江部乙駅構内 留置線 側線 江部乙駅裏
駅裏には1本の留置線があり、マルチプルタイタンパーやバラストレギュレーターなど保守用車の留置に使われています。
近くの農家は菜の花畑を営んでおり、黄色い花々の美しさが目を惹きます。
JR北海道 江部乙駅構内 車掌 721系 普通列車
ドアを閉めてから「車側灯滅灯よし!」と指差称呼を行い、乗務員室に乗り込む車掌。
「車側灯」の一般的な読みは「しゃそくとう」ですが、JR北海道では何故か「しゃがわとう」と読みます。
JR北海道 駅名標 江部乙駅 駅名看板 駅名板
ホーム上の駅名標。
駅前には「えべおつ温泉」という温泉旅館があります。
同旅館の公式サイトやパンフレットによると、大正時代に釣り人が冷鉱泉の湧き出しを発見し、1921年に公衆浴場を開業したといいます。
ただし滝川市役所が発行した書籍『滝川市史 下巻』(1981年)によると1926年10月に島津勇次郎ら3名が源泉を発見し、函館本線の西側に温泉宿を開業した・・・と異なる見解を示しています。
どちらが正しいのかは判然としませんが、この島津勇次郎という人は屯田兵名簿に氏名が載っており、1894年に大分県から北江部乙兵村に入植した屯田兵でした。
『滝川市史 下巻』によると1928年9月、江部乙駅前の藤田宅地内に温泉浴場を移転。
1940年に大林文平が譲り受けて「大林旅館江部乙温泉」とし、1975年に一般公衆浴場を兼ねた温泉湯治宿に大改造したとの事です。
更に1982年には地下890mのボーリングを行い、新たに温度43℃の強塩泉が噴出。
冷鉱泉と2号井温泉の両方を堪能できるようになりました。
現在は樺戸郡新十津川町に本社を構える総合ビルメンテナンス会社、㈱セキュメントの関連会社となっており、日帰り入浴も可能です。
江部乙神社 笑う狛犬
こちらは江部乙駅から徒歩9分の江部乙神社。
ここにあるものを一目見ようと、江部乙駅に降り立つ人達も少なくありません。
それは何かというと・・・
江部乙神社 笑う狛犬 狛犬阿形
・・・こちら。
世にも珍しい「笑う狛犬」です。
他所の神社では見られないコミカルな表情が道内外で話題になり、2012年頃から人気を集めるようになったそうです。
この狛犬は1910年に奉納されたもので、製作者は佐々原一夫という石工です。
佐々原氏は1894年に福岡県から南江部乙兵村に入植した屯田兵で、その子孫は雨竜郡妹背牛町に移住して「佐々原石材工業所」を営んでいます。
江部乙神社 笑う狛犬
冗談はさておき、「笑う門には福来たる」との諺になぞらえ、笑う狛犬もまた福を招いてくれると言われるようになり、江部乙神社はパワースポットとして注目を集めています。
江部乙駅の駅ノート(想い出つづりノート)にも「笑う狛犬を見に来ました!」という書き込みが多く見られますね。
狛犬吽形 江部乙神社
ただし笑っているのは阿形の狛犬だけです。
吽形の狛犬も佐々原氏の製作ではあるのですが、どこか寂しげな表情を浮かべています。
しかも過去には鼻がもげたり、尻尾が折れたりと災難にあっており、表情が示すとおりの薄幸な狛犬なのです。
しかしそれだけ人々の厄を一身に背負い、魔除けに貢献していると解釈できるかも知れません。
笑う狛犬に比べると人気もいまひとつのようですが、共に末永く神社を守り続けてもらいたいものです。
※写真は全て2021年5月22日撮影
スポンサーサイト
最終更新日 : 2021-07-08