タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

現在、札学鉄研OB会ブログから筆者投稿の記事を移転中です

Top Page › 北海道 › 根室本線落石駅 現存する日本最東端の木造駅舎と交換設備
2021-02-20 (Sat) 21:00

根室本線落石駅 現存する日本最東端の木造駅舎と交換設備

落石駅a01

根室管内は根室市落石東(旧:根室郡和田村大字落石村)にある、JR北海道の落石(おちいし)駅。
根室本線東釧路~根室間の通称「花咲線」に属し、駅前には落石小学校と落石中学校、地域住民の交流の場である落石会館があります。
南西に下ると落石漁港を構える小さな漁村があり、更に南下すると1890年10月に開設された落石岬灯台が建っています。
落石という地名の由来はアイヌ語の「オク・チシ」だといい、和訳すると「人の首の付け根のくぼみ」という意味です。
これはどうやら落石岬と本土を繋ぐ低地の形状を比喩した言葉らしく、1643年に当地を訪れたオランダの探険家、マルチン・ゲルリッツエン・フリース(Maerten Gerritsz de Vries)も落石岬を眺めて「マンスホーフト岬」(Kaap de Mens Hoofd/人頭岬)と名付けました。
落石岬には「サカイツツジ」という半常緑樹が自生しており、全国でもここにしか自生しない事から国の天然記念物に指定されています。

かつての落石ではアイヌの人々が漁撈中心の生活を送っていたそうで、落石岬には国指定遺跡である「根室半島チャシ跡群」24ヶ所の一つ・アフラモイチャシ跡があります。
和人が住むようになったのは1790年代(寛政年間)の事で、松前藩が落石を厚岸場所に組み込んで番屋を設置した事によります。
ただし和人達は当初、春から秋の漁期だけ居住したそうな。
やがて1808年に厚岸~落石~根室間の幹線道路が開通すると、漁業入植者が増えて集落を形成していきました。
落石漁港では鮭、スケトウダラ、カレイ、秋刀魚、タコ、バフンウニ、花咲蟹、毛蟹、ホッキ貝、昆布などが水揚げされています。
漁村の高台には「カジカの宿」という民宿もあり、宿泊料金は素泊まり4,800円、1泊朝食付き4,800円、1泊2食付き6,000円。
朝夕の送迎まで対応してもらえるので、海岸や岬の絶景を堪能したい旅人には有難い限りです。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線
落石駅a02

落石駅は1920年11月、国鉄釧路本線厚床~西和田間の延伸開業に伴い一般駅として開設されました。
当駅の開設は落石地区の町並み形成に大きな影響を与えたといい、地元の石盛漁業協同組合(1910年設立/落石漁業協同組合の前身)も駅前に事務所を新築移転しています。
漁村の一般駅という事もあり、発送する貨物は海産物が多かったのだとか。

1921年8月には西和田~根室間の延伸を以って釧路本線が全通し、同時に現在の路線名である根室本線へと改称しました。
この2ヵ月後の1921年10月には根室保線区が開設されており、地元の方の証言によると落石駅構内にも同保線区の職場が置かれていたそうです。
おそらくは近辺の保線作業を担当する「根室線路分区落石線路班」だと思われ、駅員や線路工手らが暮らす国鉄官舎も建っていたとの事。
線路班とは「随時修繕方式」に基づくチーム編成の事で、1班につき概ね5~6kmの担当区域を受け持ち、15名前後の保線作業員(線路工手長・線路工手)が線路の検査と補修作業を担当していました。
そして保線区長の指揮を受け、2~4班の線路班を束ねる組織が線路分区でした。
ちなみに国鉄時代における保線区の担当本線延長キロは全国平均で102km。
線路分区は概ね12~24kmを担当するため、保線区1ヶ所につき線路分区4~8ヶ所を有した事になりますね。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 落石駅 駅名看板 駅名板
落石駅a04

落石駅は1979年7月に貨物フロントを廃止し、鮮魚輸送もトラックに切り換えられました。
同じ根室市内の厚床駅、別当賀駅も同時期に貨物取扱を終了しています。

国鉄は1984年2月ダイヤ改正において、ヤード系集結輸送から拠点間直行輸送への一大転換を実施。
これに伴い落石駅でも小荷物フロント業務が廃止されています。
1986年11月には根室本線東釧路~根室間が特殊自動閉塞(電子符号照査式)化され、同区間におけるタブレット閉塞の運用が終了。
特殊自動閉塞(電子符号照査式)は運転士が車載器を操作し、駅構内の閉塞装置と通信する事で信号機・転轍機・踏切を作動させて閉塞を作る方式です。
この運用開始によって中間駅における運転取扱要員の省略が可能となり、落石駅については旅客フロントも廃して駅員無配置としました。
ただし出札については簡易委託化し、駅員に代わって地域住民が乗車券類を販売するようになりました。

1987年4月の分割民営化に伴いJR北海道が継承。
同時に根室保線区が廃止されており、同根室保線支区が釧路保線区に継承されて釧路保線区根室保線管理室(現:釧路保線所根室保線管理室)となりました。
落石駅構内の保線職場(根室線路分区落石線路班→根室保線支区落石管理室?)も、国鉄解体までの間に消滅した模様です。
1992年4月には簡易委託窓口が廃止され、落石駅における切符の販売に終止符が打たれました。
現在は釧路駅を拠点駅とする釧路地区駅(担当区域:根室本線直別~根室間、釧網本線鱒浦~東釧路間)に属し、地区駅長配下の管理駅である根室駅が管轄する完全無人駅です


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 歯舞駅
落石駅a03

駅舎は1920年11月の開設当初から建つ木造建築ですが、1986年11月の駅員無配置化に伴い正面左手(駅事務室側)を減築したため、かつての1/3程度の規模になりました。
かつては駅舎の外にあったトイレも中に移転し、減築跡の妻面に出入口を設置。
その後、下見張りの外壁を白くペイントしたため、国鉄時代の情緒がすっかり薄れてしまいました。
ちなみに2021年1月現在、現存する木造駅舎としては日本最東端です。
歴史上は根室拓殖鉄道の歯舞(はぼまい)駅に日本最東端の木造駅舎がありましたが、1959年6月に廃止されています


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a06
JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a09
JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a08
JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a07

待合室の様子。
室内北側には2つのドアを設けた壁がありますが、これも無人化に伴う減築によって新設したものだそうな。
壁の向こう側は現在、近隣で保線作業を行なう際の詰所として活用されています。
一方、反対の南側には駅事務室があった訳ですが、こちらは先述したとおり減築で跡形も無くなっています。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a29

掃除用具入れでしょうか、南京錠の付いたロッカーが1つ。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a11

ロッカーが支障して真正面から撮影できませんでしたが、手作り感溢れる飾り付けを施した掲示板も。
この掲示板は落石の住民達が管理しているようです。
撮影時は近辺を走るキハ54系の写真や根室警察署の広報紙、「ねむろ観光カレンダー」に加え、「返せ!北方領土」の手旗を掲げていました。



落石駅a12

窓際を彩るのは、地元住民のお手製と思しき造花。



落石駅a13

落石駅の待合室は根室の観光名所をPRする掲示物が多め。
こちらは落石漁港から東北東6.9kmの沖合に浮かぶ、ユルリ島を紹介するパンフレットです。
ユルリ島は根室半島から最短2.6kmの無人島。
古くはアイヌが魚を獲って暮らしていたといい、1798年には函館の廻船商人・高田屋嘉兵衛が航路の安全を祈願して金比羅神社を建立しました。
この金比羅神社は1843年に本島の穂香(ほにおい)へ移転し、穂香金刀比羅神社として現存しています。

戦後の1950年、本島に昆布の干場を持たなかった漁師が、土地を求めてユルリ島に移住。
水揚げした昆布を干場に運ぶ労力として馬を持ち込みました。
やがてユルリ島の漁場は9軒の番屋と7基の櫓を構える規模になりましたが、1965年以降は本島に新たな干場が整備され、なおかつエンジン付きの船が普及。
すると漁師達がユルリ島に住み続ける必要性が無くなり、利便性の良い新天地を求めて徐々に島を出て行き、1971年には遂に島民が1人も居なくなりました。
しかし彼らは馬を放牧できるような土地を移住先に持てなかったため、馬をユルリ島に残していきました。

そしてユルリ島は1976年、道庁によって道自然環境保全地域に指定。
その14年前には島全体が天然記念物に指定されていた事もあり、ユルリ島への上陸には根室市教育委員会の許可が必要となり、原則立入禁止になっています。
この事からユルリ島は「幻の島」とも呼ばれています。
隣接するモユルリ島もまた天然記念物・道自然環境保全地域に指定されています。

漁師がユルリ島に残した馬は野生化し、多い時には約30頭が島内を闊歩。
それでも元島民が近親交配を避けるべく、5年おきに雄馬を間引いてきました。
しかし元島民の高齢化によって間引きの継続が困難になり、2006年には種馬を全て島から引上げました。
これによって残されたのは牝馬14頭のみとなり、相次ぐ死によって2017年には3頭にまで減少。
ところが島内には漁師達が馬の餌として持ち込んだイネ科の植物が自生しており、馬が全滅するとイネ科の繁茂で植生が変わり、貴重な原生植物が失われる危険性が想定されました。
そのため2018年に地元有志が3頭の馬を新たに島へ送り込み、2021年現在は計6頭の馬が生息しています。



落石駅a14

落石漁港の漁師達は「落石ネイチャークルーズ」と称し、観光客を漁船に乗せてユルリ島・モユルリ島の近くへと誘います。
運行は1日2便、定員11名ずつの完全予約制です。
第1便は10:00出港、第2便は13:00出港で、共に乗船時間は2時間30分となります。
落石駅の待合室にはユルリ島周辺に生息するケイマフリ、エトピリカ、ラッコといった野鳥・動物や、漁場で働く落石の漁師達を捉えた写真が飾られています。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 待合室
落石駅a15

室内ホーム側には花咲線の利用促進に向けた活動を展開する「夢空間☆花咲線の会」が設けたPRコーナーがあります。
駅ノートをはじめ、駅や撮影スポット等を紹介するビラや、根室本線・石勝線の沿線案内図などを設置しています。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線
落石駅a18
JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線
落石駅a16
JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線
落石駅a17

ホーム側から駅舎を眺めた様子。
すっかり短くなりましたが減築前の庇が残っています。


JR北海道 国鉄 花咲線運輸営業所 木造駅舎 無人駅 ローカル線 改札口
落石駅a19

改札口にラッチの痕跡は見られません。



落石駅a20

外壁には「おちいし」の切り抜き看板を掲げています。


相対式ホーム 交換駅 交換設備 プラットホーム 落石駅構内 保線車両 保守用車 留置線
落石駅a21
相対式ホーム 交換駅 交換設備 プラットホーム 落石駅構内 保線機械 保守用車 留置線
落石駅a22
相対式ホーム 交換駅 交換設備 プラットホーム 落石駅構内 マルチプルタイタンパー
落石駅a23

2面2線の相対式ホーム。
これまた現存する鉄道駅としては日本最東端の交換設備で、当駅を境に上り方面は茶内駅まで、下り方面は根室駅まで単線が続きます。
歴史上は根室拓殖鉄道の婦羅理(ふらり)駅が日本最東端の交換駅でした。

駅舎側が1番線で上り列車(厚岸・釧路方面)、反対側が2番線で下り列車(根室方面)が発着します。
両ホームとも全長は20m車4両分ほどで、床の大半は未舗装です。
2番線ホームの更に外側には留置線があり、釧路保線所根室保線管理室が保守用車の滞泊に使用しています。
撮影当時は北海道軌道施設工業㈱釧路機械センターのマルタイが留置されていました。
根室保線管理室は機械保線を軌道会社釧路機械センターに委託しており、JR所有の軌道モーターカーも同センターが運転・整備を担当しています。


構内踏切 交換駅 交換設備 落石駅構内 花咲線
落石駅a24
構内踏切 交換駅 交換設備 落石駅構内 花咲線
落石駅a25

両ホームを繋ぐ構内踏切。
遮断機はありませんが警報機を設置しており、列車が接近するとスピーカーから案内放送と警報音が流れます。


キハ54形500番台 キハ54系500番台 キハ54-522 ルパン列車 ルパン三世
落石駅a26

2番線に停車した「ルパン三世ラッピングトレイン」のキハ54-522。
撮影当時は地元住民と思しき軽装の親子が乗り込んでいきました。
落石の漁村にはバス停が一切無いため、花咲線は貴重な生活の足となっている事が窺えます。


キハ54形500番台 キハ54系500番台 キハ54-522 マルチプルタイタンパー 保守用車 保線機械
落石駅a27

マルタイとキハ54-522のツーショット。


駅名標 駅名板 駅名看板 落石駅
落石駅a05

ホーム上の駅名標。


※写真は全て2018年8月18日撮影
スポンサーサイト



最終更新日 : 2021-02-21

Comment







管理者にだけ表示を許可