タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2020-08-29 (Sat) 23:59

「道の駅あびらD51ステーション」の鉄道資料館に行く[3]

道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax201

引き続き勇払郡安平町追分柏が丘にある、道の駅あびらD51ステーション」併設・D51鉄道資料館の見学について書きましょう。
前回は「改札口」からSL車庫に入った後、手前の通路を右に進んで、追分機関区、岩見沢車掌区追分車掌支区、追分駅に縁のある展示品を眺めました。
SL車庫の奥には福島の協三工業㈱が製造した貨車移動機、DB12形も展示されています。
そして実はこのDB12形、現在でも自力走行が出来るように整備されているのです。
元々、この赤いスイッチャーはD51鉄道資料館の前身に当たる安平町鉄道資料館(旧:追分町鉄道記念館)でも使用されており、D51形320号機の屋外展示に伴う入換作業を担ってきたんですね。
2012年11月、キハ400形500番台(今は無きお座敷車両)による貸切列車「札学鉄研20周年記念号」を運行し、安平町鉄道資料館をお邪魔した際も追分機関区OBの方にスイッチャーを運転して頂いたものです。


貨車移動機 スイッチャー DB12形 JR北海道 国鉄 室蘭本線 石勝線
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax214

DB12形貨車移動機の運転室引き戸には、「06-28-01-028」と書かれた水色の札が付いています。
これは「機械番号」と言い、国鉄当局が機械管理を徹底するべく「機械台帳」に登録した番号ですね。
スイッチャーも鉄道車両ではなく運搬機械という位置づけなので、鉄道管理局が機械番号を付けて管理していたという訳です。
機械番号は「機械履歴簿」にも記録され、機械設備のメンテナンスを担当する機械区などが検査・修繕に関する履歴を残したり、補修計画を立案するのに活かされました。

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きかいかんり 機械管理
 機械施設の管理は国鉄では機械管理手続により定められている。これによれば鉄道管理局長、工場長、地方自動車事務所長、給電管理事務所長および鉱業所長はその所管の機械を完全な状態にあるように管理しなければならない。またこの規程は工作物の機械部分たとえば転車台、可動橋、給水柱のようなものにも準用される。
 機械の整理の担当箇所はつぎのように定められている。
 工場所在の機械 工場長
 電修場、発電区、変電区所在の機械ならびに独立した電気機械 給電管理事務所長または鉄道管理局電気部長もしくは施設部長
 医療機械 鉄道管理局総務部長
 鉱業所所在の機械 鉱業所長
 前各号以外の機械 鉄道管理局施設部長
 この整理区分にしたがい、各担当箇所では機械台帳の正本を備えてこれを登録整理するとともに、所管に応じ本社主管局長その他に副本を作成送付し、記載事項に移動があった場合はそのつど通報修正している。
 局所長は所管の機械に機械番号を定めて機械類別符号機械種別符号をつけ、これを各機械に表示している。また機械履歴簿を作成し、機械使用箇所長に保管させていて、その機械の修繕・検査等を行った場合は、施行者がその記録をこれに記載して機械の履歴として残し、のちのちの修繕・改造等の計画の資料にも用いる。
 乙修繕および甲修繕(*機械修繕)を行ったときは、機械のみやすい所に施行箇所名、修繕の種別、施行年月および次期施行年月を表示するようになっている。

《出典》
日本国有鉄道(1958)『鉄道辞典 上巻』p.294
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DB12形 協三工業株式会社 スイッチャー 貨車移動機 運転台 乗務員室 運転室
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax215

DB12形貨車移動機の運転室を覗いてみます。
運転台のディテールはよく分かりませんでしたが、非常ブレーキの手回しハンドルはくっきりと見えました。


貨車移動機 協三工業 DB12形 JR北海道 国鉄 室蘭本線 石勝線
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax217

ボンネットはデゴイチ側の方が若干長め。
屋内展示中も連結器はデゴイチと繋がっています。


D51形320号機 蒸気機関車 貨車移動機 協三工業株式会社 スイッチャー DB12形
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax216

スイッチャーの右脇からデゴイチの後姿を眺めた様子。
炭水車の上には何やらコードを這わせていました。


JR北海道 JR貨物 国鉄 追分機関区 鉄道の街 鉄道の町
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax202

展示コーナーはデゴイチの進行方向右側にも設けられています。
こちらでは「鉄道の街・追分」の風景を記録した貴重な写真の数々が見られます。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax218

石炭輸送がまだまだ盛んだった頃の追分市街。
線路沿いには鉄道官舎が軒を連ね、川向こうも家屋が密集しています。


追分駅 旧駅舎 木造駅舎 室蘭本線 石勝線 夕張線 国鉄
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax219

追分駅の旧駅舎。
現駅舎は鉄骨造り2階建てですが、昭和50年代に建て替えられる前は木造の平屋でした。
未舗装の駅前広場にも時代を感じますね。


御召列車 お召し列車 国鉄 D51形277号機 追分機関区 夕張線
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax203

こちらは1954年8月10日、夕張線で御召列車を運転した時の記念写真です。
昭和天皇と香淳皇后を夕張へとお連れしたのはD51形277号機で、カマ自体は岩見沢第一機関区の所属だったそうですが、これに乗務したのは追分機関区の機関士達でした。
後列には食堂車の調理師と思しき白衣の男性も混じっています。


D51形241号機 追分機関区 機関士見習 教導機関士 動力車乗務員
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax204

苗穂工場で製造された数少ない道産子SL、D51形241号機に乗務する機関士見習と教導機関士。
「指導機関士の間違いでは?」と思われるかも知れませんが、実は「指導機関士」と「教導機関士」は別々の存在です。

指導機関士は指導助役の配下につき、動力車乗務員に対する指導訓練の計画や添乗指導、集合研修の実施などを担当する機関士の事。
したがって指導の対象は新人に限らず、ベテランや中堅にも運転指導を行なったのです。
基本的に内勤で自ら乗務する事は滅多にありませんが、時には試運転列車の運転を担当する事もありました。
ただし国鉄の職制では「指導機関士」という職名を定めている訳ではなく、正式には「機関士(指導)」といい「指導」は担務指定の種別です。
その上司である指導助役も担務指定上の通称であり、正式な肩書きは「助役(指導)」となります。
もちろん指導総括助役も正式には「助役(指導総括)」で、職員名簿や辞令交付書等の書類にもこのように表記されます。

一方、教導機関士は俗に言う「お師匠さん」で、指導助役や指導機関士からの命を受けて一定期間、機関士見習にマンツーマンで運転操縦を教える臨時的なポジションなのです。
したがって見習への教育期間が終了すると、教導機関士は元通り通常業務に戻ります。


D51形241号機 ラストラン 貨物列車
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax221

こちらは1975年12月24日、蒸気機関車としては国鉄最後の貨物列車が追分駅に到着した時の光景。
牽引機は道産子SLのD51形241号機で、夜間に夕張線を走り抜いて引退しました。
ヘルメットを着用した国鉄職員が警戒に当たる中、多くのファンが有終の美を飾るデゴイチを労いました。


国鉄追分機関区 職制 組織図 指揮命令系統図
追分機関区職制・組織図(昭和50年度)

ちなみにこちらは資料と聞き取り情報を元に作成した、D51形241号機が引退した当時の追分機関区の組織図。
当時の国鉄は駅従事員を対象として1973年6月に実施した職制改正を皮切りに、掛職に付した旧時代的な「掛」の一文字を、より一般的な「係」へと順次改正している最中でした。
また、動力近代化の進展により燃料業務についても見直しが図られ、追分機関区については北海道車輌整備㈱室蘭事業所追分支所にディーゼル機関車・気動車への給油を委託。
その代わり一部の機関区員を「構内計画係」に任命し、委託業者の従業員に対する燃料業務の指導に当たらせました。
蒸気機関車の引退により機関区の業務も大きく様変わりしたのです。
なお、北海道車輌整備㈱はJR北海道グループに属する北海道ジェイ・アール運輸サポート㈱の前身に当たります。


追分機関区 火災 国鉄
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax220

これは追分機関区最大の悲劇と言える、1976年4月13日の火災を捉えた写真です。
この火災で扇形車庫が全焼し、保存予定として庫内に安置していたD51形241号機などの蒸気機関車や、後継のディーゼル機関車など13両が被災しました。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax206

扇形車庫が焼失した直後の様子。
この火災によって道産子SLのD51形241号機は泣く泣く解体される事になり、代わりの保存車両としてD51形320号機が選ばれたという訳です。


扇形車庫 扇形機関庫 追分機関区 国鉄 JR北海道 JR貨物 DE15形 DD51形
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax205

その後、扇形車庫の再建が成される事となり、1977年5月10日に竣工となりました。
しかし以前の扇形車庫に比べて小規模。
1983年10月15日には転車台も改築されましたが、現在では見る影もありません。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax222

貴重な写真の数々を眺めながら通路を進むと、D51形241号機の車号板を発見。
実車は犠牲になりましたが、ナンバープレートは幸い無事だったんですね。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax207

ナンバープレートの傍には夕張線・石勝線に関わるサボも展示されています。


追分駅 駅名標 国鉄 室蘭本線 夕張線 石勝線
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax209

これは1980年代当時の追分駅の駅名標ですね。
自治体名は合併前の「勇払郡追分町」を示しています。
まだ新千歳空港が開業する前で、南千歳駅が「千歳空港駅」を名乗っていた頃です。
2016年3月に信号場化された東追分駅の名も載っていますね。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax208

こちらは国鉄末期の乗り換え案内。
千歳空港駅の他にも、廃止された楓駅や夕張駅の名前も見られます。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax223

駅名標の近くにはD51形320号機の設計図が掲示されています。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax211

設計図の傍には日本遺産「炭鉄港」の認定証も。
D51形320号機は夕張炭鉱の石炭輸送を支えた貴重なSLです。


D51形320号機 デゴイチ 蒸気機関車 追分機関区 国鉄
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax210

SL倉庫内を一周し、再びD51形320号機を撮影。


キハ183系200番台 キハ183系基本番台 スラントノーズ
道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax224

デゴイチの手前から屋外展示のキハ183-214を眺めた様子。
今回は車内を見る事が出来ませんでしたが、また機会を改めて見学したいと思います。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax225

館内をじっくり見学していると1時間も経過していました。
小さいようで結構奥深い鉄道資料館です。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax212

外では様々な屋台が営業しており、帰る前に昼食を取る事にしました。
このうち「すっごいししゃもだしラーメン」と書かれたのぼり旗に惹かれ、㈱めぐみ水産の屋台に足を運んでみます。
めぐみ水産は日高本線浜厚真駅の近くに店舗を構える水産会社で、この時は2020年8月8日~8月16日の9日間連続で「道の駅あびらD51ステーション」に出店していました。
魚屋さんが手がけるラーメン、それもシシャモ出汁という珍しい組み合わせが気になり、一杯頂く事に。



道の駅あびらD51ステーション(鉄道資料館)ax213

こちらが「すっごいししゃもだしラーメン」です!
モチモチ食感の極太麺にシシャモ出汁の醤油スープがよく絡み、しかも見た目以上にコク深い一杯でした。
シシャモでこんなに濃厚な出汁が出るんだなあ・・・と感動。
ちょっぴり感じる渋味が心地良いですね。
魚粉を混ぜて味の変化を楽しみつつ、一滴も残さず平らげました!
調べてみるとめぐみ水産は毎週末、「道の駅あびらD51ステーション」に出店している模様。
浜厚真の本店でも加工食品を豊富に取り扱っているそうなので、近いうちに訪問してみたいですね。


※写真は特記を除き2020年8月14日撮影
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最終更新日 : 2020-08-30

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