タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

現在、札学鉄研OB会ブログから筆者投稿の記事を移転中です

Top Page › 北海道 › 函館本線山越駅 江戸幕府が設けた日本最北端の関所
2020-05-10 (Sun) 18:01

函館本線山越駅 江戸幕府が設けた日本最北端の関所

山越駅a01

渡島管内はニ海郡八雲町山越にある、JR北海道の山越(やまこし)駅。
内浦湾(通称:噴火湾)の西側に位置する八雲町の市街地から、海岸に沿って約4km南東に離れた漁村に駅があります。
駅前には水産加工会社の㈲マルヤス安藤水産が社屋を構えており、集落の東側には山越漁港もあります。
山越という地名の語源はアイヌ語の「ヤ・ウク・ウシ・ナイ」(和訳:栗拾いをいつもする沢)と言われており、一般には「ヤムクシュナイ」と呼ばれていたのだそうです。
和人による地名の当て字も当初は「山越内」(やまこしない)でした。

当地には江戸時代、日本最北端の関所であった「山越内関所」が置かれていました。
第11代征夷大将軍・徳川家斉が在任中の1799年、東蝦夷地が幕府の直轄地となった事により、道路開削が本格化して箱館(現:函館)と択捉島を結ぶ交通網が整備されました。
これに伴い多くの和人が蝦夷地に移住するようになったため、幕府も山越内を対露の北方警備拠点と位置づけて1801年、亀田(現:函館市亀田町)にあった関所を山越内に移転したと言います。
また、八雲町役場公式サイトで公開されている『デジタル八雲町史』の「第3編 行政」によると、幕府が東蝦夷地を直轄化した狙いは国防だけでなく、松前藩による「交易の不正を正し、アイヌの不平を取り除いて和人に対する信用を高める」事にもありました。
つまり松前藩に対する制裁でもあったんですね。
そのため、関所の移転に加えて会所の設置も行い、アイヌの生活に支障をきたさない公正公平な交易の場を提供したというのです。
国防においても流通においても、山越内は重要なセクションだった訳ですね。
最終的に関所は1861年に撤廃され、旅行者が自由に通行できるようになりました。


JR北海道 国鉄 山越駅 和風駅舎 錣屋根 しころ屋根 山越内関所
山越駅a02

山越駅は1903年11月、北海道鉄道森~熱郛間の延伸開業に伴い、一般駅として開設されました。
当初の駅名は「山越内駅」でしたが、1904年10月に現駅名に改称されています。
「山越」へと改称するに至った経緯は不明ですが、1949年に山越漁業協同組合が発足するまで、地元では専ら旧名の「山越内」を地名として用いていたようです。
鉄道開業後に設置された実業補習学校、郵便局、消防組も「山越内」を名乗っていました。
住所が正式に「山越」に改称されたのは1956年の事だそうな。

北海道鉄道は函館~小樽間を結ぶ私鉄で、1907年7月に国有化されました。
1909年には「国有鉄道線路名称」(明治42年鉄道院告示第54号)の制定に伴い、旧北海道鉄道線を含む函館~旭川間の鉄路が函館本線と命名されています。

戦後の1960年12月、函館本線落部~長万部間が自動閉塞化された事に伴い、従来のタブレット閉塞が廃止
山越駅におけるタブレット交換も終了しました。


JR北海道 国鉄 山越駅 和風駅舎 錣屋根 しころ屋根 山越内関所
山越駅a04

1961年4月、山崎駅の貨物フロント業務が廃止されました。
『デジタル八雲町史』のの「第5編 運輸・通信」によると、当時の国鉄当局は自動車普及を鑑みて「貨物取扱量が比較的少ない駅については取り扱いを廃止し、これを集約しようという、いわゆる”貨物集約化計画”を進める」方針を固めたといいます。
しかし沿線では農産物・海産物のような「季節的な貨物」や、木材の輸送に不便が生じて住民の生活にも支障をきたす事が懸念されました。
そのため八雲町議会は1959年12月に「国鉄の貨物集約輸送に対する反対決議」を採り、青函船舶鉄道管理局に対し町を挙げての反対運動を展開しましたが、健闘虚しく山越駅、山崎駅の2ヶ所で貨物取扱いの廃止に至っています。

1966年9月、函館本線山崎~黒岩間が複線化されました。
1969年8月には函館本線五稜郭~森間でCTCの試験運用が始まり、同年11月を以って正式に運用を開始しています。
国鉄北海道総局管内としては初のCTC化となりました。
このCTC化に伴い函館本線野田生~山越間が複線化され、更に翌9月に山越~八雲間も複線化されています。


JR北海道 国鉄 山越駅 和風駅舎 錣屋根 しころ屋根 山越内関所
山越駅a03

1984年2月、ヤード集結型輸送の整理に伴い荷物フロント業務が廃止。
1986年11月、旅客フロント業務(出改札)の廃止に伴い無人化されました。
1987年4月の分割民営化に伴いJR北海道が継承。
現在は長万部駅を拠点駅とする長万部地区駅(担当区域:函館本線落部~熱郛間、室蘭本線長万部~礼文間)に属し、地区駅配下の管理駅である八雲駅が管轄する完全無人駅です。
なお、八雲駅は窓口営業時間が7:45~19:30に限定されており、営業時間外は線路閉鎖対応がある時を除いて運転取扱要員も不在となります。
そのため八雲駅における時間外の問い合わせ先は、JR北海道電話案内センター(※22:00終了)に指定されています。


JR北海道 国鉄 山越駅 和風駅舎 錣屋根 しころ屋根 山越内関所
山越駅a05

駅舎は道内の鉄道駅としては大変珍しい、錣(しころ)屋根を持つ和風の木造建築です。
屋根に葺いた瓦は大棟(おおむね)の周りにしかなく、ほとんどトタン板を葺いています。
瓦屋根は豪雪の重みに弱いので、北海道の和風建築はトタン板を葺く物件が圧倒的に多いですね。
それこそ大棟周りにすら全く瓦を葺かない建物がほとんどですから、山越駅の屋根はコレでもそこそこ瓦が乗っかっている方だと思います。
この駅舎は1989年10月に建て替えた物で、関所の建物を模した外観としています。


山越駅 看板 駅名板 表札 山越内関所
山越駅a06

駅舎正面には門を構えており、右側の柱には「山越内関所」と記した表札を掲げています。


山越駅 看板 駅名板 表札 山越内関所
山越駅a07

一方、左側の柱には関所の表札に準じたスタイルの駅名板を掲げています。


山越駅 看板 駅名板 表札 山越内関所
山越駅a12

駅前駐車場の出入口にも国道5号線を走る車が視認出来るよう、「山越停車場」と記した木製看板を立てています。
背後に立つトイレの看板も「厠」と書いて、江戸時代の関所のムードを演出しています。


山越駅 木造駅舎 待合室
山越駅a08
山越駅 木造駅舎 待合室
山越駅a09

待合室の様子。
駅舎東側が物置になっているため、待合室は駅舎全体の2/3程度の面積です。
凝った外装に対して内装は至ってシンプル。
壁と天井はベニヤ板の羽目張りです。


山越内関所 山越駅 待合室
山越駅a10

室内には山越内関所の見取り図と・・・


山越内関所 山越駅 待合室
山越駅a11

・・・当時を再現した関所のジオラマが展示されています。


JR北海道 国鉄 山越駅 和風駅舎 錣屋根 しころ屋根 山越内関所
山越駅a13

ホーム側から駅舎を眺めた様子。
駅前側と同じく門を構えていますが、柱も表札も傷みが目立ちます。
右手には物置のシャッターがありますね。


山越駅 プラットホーム 国鉄型配線
山越駅a14
山越駅 プラットホーム 国鉄型配線
山越駅a16
山越駅 プラットホーム 国鉄型配線
山越駅a15

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を組み合わせた、いわゆる「国鉄型配線」・・・だったのですが、既に真ん中の旧2番線が撤去済み。
現在は山手線渋谷駅や大阪メトロ御堂筋線なんば駅のように、方面別に単式ホームを使用する2面2線となっています。
駅舎側の1番線は上り列車(森・函館方面)、反対側の2番線(旧3番線)は下り列車(八雲・長万部方面)が使用し、普通列車のみ停車します。
ホーム全長は20m車6両分ほどで、床面は駅舎手前にアスファルト舗装を施している以外、ほとんど砂利敷きです。


山越駅 構内踏切
山越駅a18
山越駅 構内踏切
山越駅a17

両ホームを繋ぐ構内踏切。
ややくたびれていますが遮断機と警報機を備えています。
1番線と旧2番線とで敷板の敷き方が違うのも面白いですね。


キハ40-1809 道南海の恵み 北海道の恵みシリーズ キハ40系1700番台
山越駅a20

1番線に入線するキハ40-1809「道南 海の恵み」。


山越駅 駅名標
山越駅a19

ホーム上の駅名標。


山越内関所跡 山越関所跡 山越内会所
山越駅a21

山越駅から東に歩いてすぐの所に「山越中央会館」があります。
江戸時代の会所をモチーフにした建物で、こちらも屋根ですが山越駅舎とは違い全面的にトタン板を葺いています。



山越駅a22

山越中央会館の敷地内には「日本最北の山越内関所」を伝える看板も。
傍に立つ防火水槽の看板さえ「火消し桶」と書いて江戸時代の雰囲気を演出していますw


山越内関所 夜泣き石
山越駅a23

「山越内関所之跡」を伝える石碑。
その手前には「夜泣き石」なるものが置かれています。
何でもこの石は罪人を打ち首に処す時、腰を掛けさせるために使った石だと言います。
現場にある解説板には「夜泣き石」にまつわる伝説が書かれているので、その内容を引用しましょう。

*****************************************************************
 この石は、関門(関所)が設置されていた時代に、罪人を切るために腰を掛けさせたと言い伝えられている石で、次のような伝説があります。
 真夜中、関所の裏の方からしくしくと人のしのび泣く声が聞こえてくるので、関所の番人は不思議におもっていってみると暗闇の中に人がうずくまっているように見えました。
 番人がそっと近づいてみるとそれは罪人が切られるときに腰を掛ける石で、しくしくとその泣き声は石の下から聞こえてきました。番人は、驚いて会所に逃げ帰りました。

八雲町教育委員会
*****************************************************************

もろに怪談話です。
このように山越駅の界隈には、江戸時代の当地の模様を伝える物が集まっていますので、駅巡りのついでに歴史を辿ってみるのも一興かと思います。


※写真は全て2019年4月27日撮影
スポンサーサイト



最終更新日 : 2020-05-10

Comment







管理者にだけ表示を許可