タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2019-10-05 (Sat) 12:22

釧網本線茅沼駅 丹頂鶴にエサを与え続けた駅員達

茅沼駅a-1

釧路管内は川上郡標茶町字コッタロ原野北17線にある、JR北海道の茅沼(かやぬま)駅。
茅沼という呼び名は当地にカヤの群生する沼地が広がる事に由来し、住所上は存在しない地名となっています。
茅沼駅はラムサール条約登録湿地である釧路湿原の北東部、「コッタロ湿原」に位置する小さな農村にあります。
コッタロ湿原は秋から春にかけてタンチョウヅルが飛来する事で知られており、夏冬ともに塘路湖を拠点に茅沼~細岡を結ぶ「釧路川カヌーツーリング」を楽しむアウトドア好きの観光客がやって来ます。
茅沼駅前にも宿泊施設「ペンション未知標」があり、館内では天然温泉(塩化物強塩泉)にも浸かれますが、2018年3月から設備メンテナンスのため休館が続いているようです
駅前から道道959号線(シラルトロ湖線)を1.2kmほど南下するとシラルトロ湖(シラルトロ沼とも)という海跡湖があり、ここにもタンチョウヅルが飛来するほか、オオハクチョウ、オオワシ、オジロワシ、カワアイサ、ヒシクイなど多くの野鳥が訪れます。
そんなシラルトロ湖の湖畔には茅沼温泉「憩の家 かや沼」があり、指定管理者として標茶町観光開発公社が運営していましたが、2019年3月に同公社が破産したため施設も泣く泣く閉鎖されています。


JR北海道 国鉄 釧網線 釧網本線 無人駅 タブレット閉塞
茅沼駅a-2

茅沼駅は1927年9月、国鉄釧網線釧路~標茶間の新規開業に伴い一般駅として設置されました。
釧網線は1928年11月に起点を釧路駅から東釧路駅に変更し、全通後の1936年10月には現路線名の釧網本線に改称しています。
1968年3月には釧網本線の全区間にて連査閉塞が運用を開始し、茅沼駅でのタブレット交換が廃止されました。


JR北海道 国鉄 釧網線 釧網本線 無人駅 茅沼駅 駅長 丹頂鶴
茅沼駅a-20
タンチョウヅルに給餌する茅沼駅長
ホームの反対側に作られた餌場に出てエサを巻いていた
標茶町史編さん委員会『標茶町史 通史編 第3巻』(2006年/標茶町役場)p.497より引用

開業当初から湿原の小集落に佇む小駅だったという茅沼駅ですが、戦後は駅周辺にタンチョウヅルが生息する事から「タンチョウヅルの見える駅」として有名になりました。
やがて冷害により鶴のエサが不足すると共生を図ろうという気運が高まり、1964年11月から駅長を含む3名の駅員達による餌付けが始まりました。
『標茶町史』に経緯が詳しく書かれていますので、下記に引用しましょう。

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 周辺に四十戸ほどの農家が点在するだけの小駅である茅沼駅を全国的に有名にしたのは、駅付近に生息するタンチョウヅルであった。昭和三十年代には、車掌が車内放送でツルの到来を紹介したことから、「タンチョウヅルの見える駅」として名を知られるようになった。昭和三十九年冬、冷害によってツルのエサが不足し、付近の畑を荒らすようになると、ツルとの共栄共存を図ろうという思いから釧路鉄道管理局有志によるカンパが集まり、茅沼駅に届けられた。さらに、標茶町や釧路地方教育局、さらにはこれを知った一般の人々による支援の輪がひろがり、十一月より同駅の斉藤駅長以下三名の駅員による餌付けが始まった。駅裏の畑地を所有する斉藤康政の好意により餌場が作られ、餌付けは数日で成功した。翌年には、窪田駅長のアイディアにより、両隣の塘路、五十石駅に黄色いポールが立てられ、茅沼駅にツルのいる時は黄色い小旗を掲げた。これにより列車の車掌にツルの飛来を知らせ、車内放送を行うというものであった。

≪出典≫
標茶町史編さん委員会(2006)『標茶町史 通史編 第3巻』(標茶町役場)p.p.496~497
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茅沼駅におけるタンチョウヅルへの餌付けは国鉄釧路鉄道管理局の職員有志をはじめ、標茶町役場、釧路地方教育局、そして一般人からの多大な支援を受けて実現した事が分かります。
某鉄道趣味書籍では「餌付けは駅長が自腹で始めた」としているようですが、自治体が編纂した郷土史書に書かれた内容の方が遥かに信憑性があるでしょう。

なお、茅沼駅では1965年に斉藤駅長から窪田駅長に代替わりしましたが、タンチョウヅルへの餌付けが継承され、更には車掌に鶴の飛来を知らせるため隣の塘路駅、五十石駅に黄色い旗の標識まで出すようになりました。
現在は駅の無人化により黄色い旗は掲げられなくなり、また列車のワンマン化によりタンチョウヅルの飛来を伝える車内放送が流れる事もありません。
しかし観光客へのアピールになりますから、自動放送装置に専用のトラックを設けて鶴の飛来を知らせる事も出来るのではないかと思う訳で。
かつての創意工夫が分割民営化後に継承されていないのは勿体無いものです。


茅沼駅 駅ノート 駅務日誌 丹頂鶴日誌
茅沼駅a-21
茅沼駅事務室には「駅務日誌」と共に「丹頂鶴日誌」が置かれていた
タンチョウヅルへの餌付けは駅長が代わる毎に受け継がれてきた
標茶町史編さん委員会『標茶町史 通史編 第3巻』(2006年/標茶町役場)p.497より引用

直営駅時代の茅沼駅では駅長が代わる毎にタンチョウヅルへの餌付けも継承されたといい、駅事務室に置いた「丹頂鶴日誌」に記録を付けていたようです。
1973年2月には営業フロント(出改札・荷物・貨物)が廃止されましたが、連査閉塞を取り扱う運転取扱要員(駅長・運転掛)については引き続き配置される事となったため、鶴への給餌は彼らに引き継がれました。

でも窓口営業をしていた頃も茅沼駅の駅員は駅長を含め3名だったといいますから、シフトの組み方を鑑みるに営業フロント廃止後も在職人数は変わらなかったか、或いは1名のみの減員だったはずです。
営業フロント廃止前の人員配置は駅長1名、助役1名(後述)、掛職1名だった模様。
助役の下には運輸掛(営業関係職の出面が5名以下の駅に配置される掛職)が勤務し、運転取扱を兼務したのでしょう。
国鉄職員局が1962年7月に規定した「営業関係職員の職制及び服務の基準」によると、運輸掛の職務内容は「旅客掛、小荷物掛、貨物掛及び配車掛の職務」を基本としつつ「特に命ぜられた場合には駅長の代理」と定めていますからね。
この「駅長の代理」とは即ち、小駅における当務駅長業務(運転取扱業務)を指します。
そして営業フロント廃止に伴い運輸掛の配置を取り止め、代わりに運転掛(1973年8月以降の運転主任/分割民営化後の輸送主任)を置いたという事でしょうね。



茅沼駅a-3

1986年11月、釧網本線の全区間に特殊自動閉塞(電子符号照査式)が導入され、車載器と閉塞装置の相互通信により信号設備を操作するようになりました。
これにより連査閉塞を取り扱うため残っていた駅長・運転主任の配置が無くなり、完全無人化されました。
タンチョウヅルへの給餌は地域住民に引き継がれ、現在に至るまで継続して行われています。

1987年4月、分割民営化に伴いJR北海道が継承。
現在は釧路地区駅の担当区域内(根室本線直別~根室間・釧網本線鱒浦~東釧路間)に属し、地区駅の拠点駅である釧路駅が直轄する無人駅です。



茅沼駅a-4

駅舎は1989年に建て替えられており、前年に開業した釧路湿原駅を意識したかのようなログハウス調の平屋となっています。
釧網本線では1989年6月から「くしろ湿原ノロッコ号」が運行を開始しており、秋には川湯温泉駅まで足を伸ばした事もあるため、釧路支社内でアウトドア派を想起するログハウス駅舎がもてはやされたのかな・・・と思います。
茅沼駅の建て替え後は、細岡駅、塘路駅もログハウス駅舎になりました。



茅沼駅a-5

正面玄関には丸太を輪切りにした駅名看板を掲げており、ドアの左右にはタンチョウヅルを模った飾りが付いています。



茅沼駅a-6

正面左側には「この駅舎にはトイレが設置されておりません」との但し書き。
万が一、もよおした時は駅前の集会所(茅沼コミュニティーハウス)に向かいましょう。
こんな看板にもタンチョウヅルやキタキツネが描かれています。



茅沼駅a-7

駅前にはSLの動輪が置かれています。
茅沼駅は釧路~標茶間で運行される「SL冬の湿原号」の停車駅でもあるのです。


茅沼駅 待合室 釧網本線 ログハウス駅舎
茅沼駅a-8
茅沼駅 待合室 釧網本線 ログハウス駅舎
茅沼駅a-9

待合室の様子。
内壁もしっかり丸太が露出しており、4色ベンチが1脚置かれています。



茅沼駅a-11

待合室内には旅行雑誌『旅と鉄道』2015年3月号に掲載された記事の写しが貼られています。
元々、『旅と鉄道』は鉄道ジャーナル社が1971年に創刊した雑誌の名称で、2009年2月号を以って休刊となりました。
こちらの2015年3月号は朝日新聞出版が2011年から発売を始めた同名の雑誌に当たり、記事は「茅沼駅タンチョウ物語」と題したものです。
せっかくなので内容を抜粋しましょう。

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茅沼駅タンチョウ物語

 北海道標茶町、釧路湿原の北東端に位置する釧網本線茅沼駅は、「タンチョウの来る駅」として知られている。ホームの南端近くに設けられたえさ場に、国の特別天然記念物に指定されているタンチョウが、いつも10羽ほど集まっているためだ。えさ場は1964(昭和39)年、150羽ほどまで数を減らした湿原のタンチョウの将来を案じた当時の駅長が設置を決め、助役が給餌に当たったのが始まりという。給餌は代々の駅員に引き継がれ、86(昭和61)年に無人化されたのちは、駅近くの住民が担ってきた。現在、釧路湿原にすむタンチョウは、1000羽以上にまで増えている。
 タンチョウはツル科の鳥で、成鳥の頭頂部に羽毛がなく、丹色(赤色)の皮膚が露出していることから丹頂鶴とも呼ばれている。体高はオスが約140cm、メスが130cmほど。羽毛は240cmにもなり、オオハクチョウとともに日本最大の野鳥とされている。かつては本州にも生息していたが、現在は釧路湿原など、北海道東部にのみ生息している。若鳥のうちは、頭部から首にかけて薄い褐色で、赤い頭頂部はない。日本のタンチョウは、国内で観察される7種類のツルのうち、渡りをせずに繁殖する唯一の留鳥で、繁殖期には湿原のヨシ原に巣を作る。
 現在の茅沼駅舎は89(平成元)年に改築されたログハウス風で、駅名板の左右には、タンチョウをかたどった白い飾りが取り付けられている。駅名の由来は、周辺がカヤの群生する沼地だったことによる。駅舎内には訪問記念のノートが置かれ、「タンチョウに会えてよかった」「こんなに身近で見られるなんて」などの感想が綴られている。
 ホームからタンチョウを眺めていると、2羽から4羽程度ずつが交代でえさ場を訪れ、長く黄色いくちばしで、トウモロコシをついばんでいる。そこに4羽ほどの若鳥が舞い降りて近づくと、先にいたつがいがくちばしを空に向け、「ケーッ、ケーッ」と何度も叫びながら追い散らそうとする。1時間ほど眺めていたが、成鳥が羽ばたく様子は見られず、線路をまたぐなど、駅周辺を歩き回っている。列車が近づいてもさほど気にする雰囲気もなく、線路際のえさ場に張り付いている個体も少なくない。
 C11形蒸気機関車が引く「SL冬の湿原号」も茅沼に停車し、乗客も車窓からタンチョウの姿を楽しむことができる。
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こちらによると150羽にまで減っていたタンチョウヅルは、餌付けを開始した1969年から45年余りで1000羽を超えるまでになったとの事。
アイヌの人々から「サロルンカムイ」(湿原の神)と称されたタンチョウヅルは、再び湿原の主として君臨するようになっています。



茅沼駅a-12

待合室には写真が多く飾ってあります。
こちらは「鶴の舞」を捉えた1枚。



茅沼駅a-16

茅沼駅の旧駅舎。
外装は羽目張りです。
よく見ると正面玄関にタンチョウヅルの飾りを掲げています。
この飾りはログハウス駅舎が建つ前からあったんですね。



茅沼駅a-15

国鉄時代の茅沼駅におけるSL入線シーン。
小集落ではありますがホームでは多くの客が列車の停止を待ち構えています。
フライ旗を持って立ち番に当たる駅員は紺色鉢巻の一般制帽を被っているので、先述の運輸掛だと思われます。



茅沼駅a-14

これはかなり貴重な写真です。
何と釧路湿原駅にトマムサホロエクスプレスが停車しています!
・・・どうしてこれを釧路湿原駅ではなく茅沼駅に飾ったのやら。


茅沼駅 ログハウス駅舎 釧網本線 無人駅
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ホーム側から駅舎を眺めた様子。


茅沼駅 ログハウス駅舎 釧網本線 無人駅 タンチョウの来る駅
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ホーム側の玄関には「タンチョウの来る駅」との看板を掲げています。


茅沼駅 ログハウス駅舎 釧網本線 無人駅
茅沼駅a-18

駅舎の1/4ほどは物置になっており、ホーム側と待合室内に出入口が設けられています。



茅沼駅a-22
茅沼駅 単式ホーム
茅沼駅a-23
茅沼駅 単式ホーム
茅沼駅a-25

1面1線の単式ホーム。
全長は20m車3~4両分ほどで、ホームの外れにSL用の停止位置目標が設置されています。
床面は駅舎前にアスファルト舗装を施している以外、細かな砂利を敷き詰めています。


茅沼駅 副本線 単式ホーム 側線 留置線
茅沼駅a-27

開業以来の単式ホームですが棒線駅だった訳ではなく、国鉄時代は貨物列車などの待避用にホーム無しの副本線を有する交換駅でした。
1986年11月の電子閉塞化に伴い交換設備は撤去されましたが、草むらをよく見ると副本線のレールと枕木が残されています。


茅沼駅 副本線 単式ホーム 側線 留置線
茅沼駅a-28

かつての副本線は下り方向(釧路方)、ホーム南端を過ぎた所に車止めを設置しています。


茅沼駅 副本線 単式ホーム 側線 留置線
茅沼駅a-29

どうやら交換設備の廃止後は保線車両の留置線として残されていたようですが、訪問時点では上り方向(網走方)の転轍機が撤去された状態でした。
線路沿いの標識を見るに晩年は保線車両の留置も取り止め、横取装置として利用していたようです。
中途半端に残されたポイントレールが物寂しい・・・。



茅沼駅a-24

冬場は副本線の向こう側にタンチョウヅルが飛来します。
標茶町役場がホームから見える位置に注意書きを設置しており、「くれぐれも脅かしたりホームから降りないように」と訴えています。



茅沼駅a-26

これは地権者が設置した物でしょうか、「タンチョウの私有地に付 立入禁止」との立て札もあります。
「タンチョウの私有地」というフレーズがなかなか面白い。



茅沼駅a-30

列車の走行中に車窓から撮影したのでブレブレですが、茅沼駅ホームから南に少し離れた所には「タンチョウも私もSLの煙は大嫌い」との看板が立っています。
なんでも「SL冬の湿原号」が茅沼駅周辺を走る際、平坦な地形にも係らず盛大にカマを炊いて黒煙を吹き上げるため、給餌をする地域住民が迷惑しているのだとか。
どうやら運転士(JRでは機関士の職名を廃止している)は撮り鉄向けのファンサービスで煙を一層大きく上げているらしいのですが、それにタンチョウが怯えて逃げ出すという事がしょっちゅう起きるそうです。
なので「煙を吹かないで」という意味を込めて、この看板を立てているのだそう。
ただ、線路に平行して看板を設置するのはあまり意味がないような・・・。
というのも、いくら運転士が横から顔を出して操縦する機関車とはいえ、顔を向けるのは進行方向なのです。
タンチョウヅルの事を思うと訴えるのは至極当然ですが、真横ではなく前に見えるように置いた方が効果的だと考える訳で。



茅沼駅a-31

茅沼駅に停車する快速しれとこ摩周号。



茅沼駅a-32

ホーム上の駅名標。


※写真は特記を除き2018年8月19日撮影
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最終更新日 : 2019-10-05

美留和駅開業90周年と釧網線全通90周年 * by 藤原俊和
叡電デナ22様。初めまして。弟子屈町美留和在住の藤原と申します。来たる8月20日は美留和駅開業90周年です。ささやかながら地元で駅舎横に看板を立てたり缶バッジを作ったりとお祝いの準備をしています。美留和郵便局でも駅舎をデザインした小型印を作成してくれました。来年は釧網線全通90周年です。釧網線が存続する様に応援していきたいと思います。当ブログなどの発信でご支援頂けたら嬉しいです♫ありがとうございます。

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美留和駅開業90周年と釧網線全通90周年

叡電デナ22様。初めまして。弟子屈町美留和在住の藤原と申します。来たる8月20日は美留和駅開業90周年です。ささやかながら地元で駅舎横に看板を立てたり缶バッジを作ったりとお祝いの準備をしています。美留和郵便局でも駅舎をデザインした小型印を作成してくれました。来年は釧網線全通90周年です。釧網線が存続する様に応援していきたいと思います。当ブログなどの発信でご支援頂けたら嬉しいです♫ありがとうございます。
2020-08-01-21:35 * 藤原俊和 [ 編集 * 投稿 ]