タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

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2019-09-07 (Sat) 00:01

宗谷本線豊清水駅 仮乗降場から始まり継電連動装置の設置に至る

とよしみず1

上川管内は中川郡美深町字清水にある、JR北海道の豊清水(とよしみず)駅。
チョウザメの養殖で知られる美深町の北部に位置し、かつて「国鉄の村」と呼ばれ大勢の国鉄職員が暮らした音威子府村との境界線を間近に控える無人駅です。
西側には士別方面から線路に沿って北上するように天塩川が流れ、そこにか細いペペケナイ川が合流しています。

昔は駅前に農村が築かれていたといいますが今や荒地と化して住民の姿も見られず、僅かに残された廃墟も朽ち果てて倒壊の時を待つばかりです。
一車線分の幅しかない駅前通を1kmほど南下すると住所が字清水から楠に変わり、楠神社という小さな神社と、長く利用されていないらしい公民館(楠会館)が道路向かいに建っています。
この界隈は1904年にアブラナ、燕麦、トウモロコシ等を栽培する農地として開拓され、小学校を構えるほどには栄えた地域であったそうです。
個人経営の澱粉工場も集落に点在していたのだとか。

そこから更に0.5kmほど南下すると「亀田牧場」と看板を掲げた牧場があり、北はるか農業協同組合(JA北はるか)公式サイトによると、どうやら2003年に夫婦で当地に移住し新規就農した酪農家だそうです。
亀田さんご夫妻は「JA北はるか」が恩根内地域における酪農業の継承を目的とした事業「R&Rおんねない」の記念すべき新規就農第一号で、2012年までに計4組の家族が新規就農者としてデビューしています。
元の住民達が去ってしまい寂しく感じられる豊清水の界隈ですが、この地で農業をやろうと新たな担い手が一念発起し、15年以上も定着しているのは大変喜ばしい事です。



とよしみず3

豊清水駅は1946年10月、国鉄宗谷本線恩根内~咲来(さっくる)間に仮乗降場として設置されました。
仮乗降場というのはホームのみ(場合によっては待合所も併設)の簡素な造りですから、もちろん信号設備など無く1面1線の棒線駅でした。

1950年1月には一般駅に昇格。
同時に貨物・荷物の取扱いを開始した事から積卸場と留置線が設けられ、単線区間の棒線駅だったところ交換設備も設置されています。
仮乗降場が駅に昇格する事自体はさほど珍しくありませんが、なおかつ交換駅に転身するケースは貴重だと思います。

1968年3月、宗谷本線新旭川~音威子府間に連査閉塞が導入された事に伴い、従来のタブレット閉塞が廃止。
ホーム上でタブレット交換をしていた豊清水駅の当務駅長(助役・運転掛を含む)も、新たに設置された連査閉塞装置の制御を担うようになりました。

1974年10月には貨物取扱いが廃止。
この9年前の1965年3月には楠小学校が閉校を迎え、豊清水界隈の過疎化が極めて深刻だったと伝えられています。
豊清水駅を出発する貨物は地元の農産物が主だったそうで、進む離農によって貨物発送量は見る見る減少し、止むを得ず貨物フロントを閉める事になったという訳ですね。



とよしみず4

しかし豊清水駅は恩根内・咲来の両駅ともに5km以上離れており、険しい豪雪地帯の交換駅とあって運転取扱の面では重視されてきたようです。
貨物フロントの廃止から3年後の1977年11月、第1種継電連動装置が新設される事となりました。
これにより駅構内の信号機・転轍機は1箇所での制御に集約され、運転取扱業務の効率化が図られた訳です。
駅本屋の西隣にはこの頃に建設された信号扱所と思しきコンクリート造りの建物があり、1階ドアの注意書きを見ると発電設備も収まっている事が分かります。
仮乗降場からスタートした豊清水駅は交換設備を構え、そして第1種継電連動装置を持つに至りました。

1984年2月、貨物フロントの廃止後も10年近く継続していた荷物取扱いが遂に廃止。
1986年11月には宗谷本線永山~南稚内間に特殊自動閉塞(電子符号照査式)が導入され、車載器と閉塞装置の相互通信により信号設備を操作するようになりました。
これにより運転主任(分割民営化後の輸送主任)が閉塞装置を扱う必要は無くなり、更に過疎地極まる中での営業フロント(出改札業務)も廃止。
豊清水駅はいよいよ完全無人化されました。
1987年4月の分割民営化に伴いJR北海道が継承。
現在は名寄地区駅の担当区域内(宗谷本線名寄~稚内間)に含まれ、傘下の管理駅である音威子府駅の管理下に置かれる無人駅です。


木造駅舎
とよしみず2

駅舎(駅本屋)は1950年1月の一般駅昇格に際し竣工した木造の平屋です。
四方に薄茶色のトタン板を張った三角屋根を有しており、外壁は下見張りと薄い鉄板を合わせています。
駅事務室は保線係員が作業時の詰所として使用する事があり、特に冬場は除雪要員が常駐し夜間も煌々と灯りが点いています。



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正面玄関に掲げられている縦書きの駅名看板。
炭焼きの木板に白いペンキで豊清水駅と書いてありますが、経年劣化で塗料が薄れています。



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待合室の様子。
内壁も下見張りとなっています。
室内は結構狭く、木製ベンチの上には何故か梯子が置かれていました。
この日は現地で強風が吹き荒れており、駅舎が風を浴びるたびに配電盤から「ビビビビビィィン・・・」という異音が鳴るものですから大丈夫かと心配になったものです。



とよしみず10

梯子の隙間からは通学バスの手書き時刻表が貼られていました。
これは美深町営バス楠清水線の楠27線停留所が駅前に設置されていた事から、同停留所の発着時刻を示した時刻表を待合室に掲示したという訳ですが、既に通学バスは廃止されておりバス停標識も見当たりません。



とよしみず6

出札窓口も比較的綺麗な形で残っています。
出札台には駅ノートが置かれていました。



とよしみず9

改札口の頭上には音威子府駅長による注意書きが貼られています。

「ご乗車の際、列車接近ブザー及び『列車が来ます』の文字が表示されている時は大変危険です。列車が完全に停止するまで、後方でお待ち下さい。また通過列車等にも充分お気をつけ下さいますようお願いいたします」

見るからに掲示されてから30年は経過していそうな紙だなあ・・・と思いながら眺めていました。



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ホーム側から改札口を眺めた様子。
駅事務室の窓越しに、保線作業員が着用する安全ベストが所狭しと並んでいます。



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ホーム側から駅舎全体を眺めた様子。



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ホームから先述の信号扱所らしき建物を眺めた様子。
窓の無い信号扱所というのも妙な感じですけどね。
線路側に階段が設置されており、2階に上がれるようになっています。



とよしみず19

そんな信号扱所(?)の傍に駅本屋とホームを繋ぐ構内踏切があります。
遮断機は無く警報機を設けただけの簡素な造りです。



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1面2線の島式ホーム。
駅舎側が1番線で下り普通列車(音威子府・稚内方面)、反対側が2番線で上り普通列車(名寄・旭川方面)が発着します。
全長は20m車4両分ほどで、特急列車は全て通過します。
床面は未舗装・砂利の敷き詰めで半々です。



とよしみず20

1番線の名寄方から枝分かれし、ホームに差し掛かる辺りに車止めを設けた留置線。
これがかつての貨物積卸線ですね。
現在は保線車両の留置に使われています。



とよしみず12

豊清水駅2番線に停車したキハ54系。
この時は名寄保線所音威子府保線管理室(旧:音威子府駅工務)の施設技術主任が添乗し、列車巡視を行っていました。


※写真は全て2017年4月30日撮影
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最終更新日 : 2020-08-09

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